ホットケーキとパンケーキ。
料も焼き方もほとんど同じなのに、名前だけがはっきり分かれています。
スーパーの粉売り場には「ホットケーキミックス」が並び、カフェのメニューには「パンケーキ」と書かれています。
誰かが決めたわけでもないのに、この使い分けは日本でかなり広く定着しています。

多くの記事は「ホットケーキは和製英語」「パンケーキは薄い、ホットケーキは厚い」と説明して終わります。
ただ、その説明はいくつかの点で正確ではありません。
この記事では英語の辞書、メーカーの公式見解、実際の商品名を突き合わせながら、二つの言葉がどう分かれていったのかを追いかけます。
ホットケーキとパンケーキの違いとは?
まず前提として、公式には「明確な規定はない」
最初に押さえておきたいことがあります。
この二つを分ける公式なルールは、実は存在しません。
森永製菓は公式のFAQで、ホットケーキは日本で浸透した呼び名でパンケーキの一種であり、使い分けにはさまざまな説があって明確な規定はないようだ、と回答しています。
昭和産業も、日本ではどちらも粉に砂糖やベーキングパウダーを入れて作るため材料の違いはない、としています。
つまり「厚いからホットケーキ」「甘いからホットケーキ」という説明は、傾向を述べたものであって定義ではありません。
そのうえで、この記事はひとつの見方を提案します。
日本での呼び分けを眺めていくと、材料や厚さよりも「どこに置かれているか」で整理したほうがきれいに説明がつくのではないか、というものです。
あくまで筆者の仮説ですが、この目で見ると散らばっていた事実がかなり素直につながります。
| 置かれている場所 | 使われやすい名前 | 典型例 |
|---|---|---|
| 粉の状態(スーパーの棚) | ホットケーキ | ホットケーキミックス |
| 家庭の食卓・昔ながらの喫茶店 | ホットケーキ | バターとシロップの二枚重ね |
| カフェ・専門店の皿の上 | パンケーキ | 生クリームやフルーツを盛ったもの |
| 英語圏の一般名 | パンケーキ(pancake) | 朝食の定番 |
「ホットケーキ」は商品名として育った言葉、「パンケーキ」はカテゴリー名として入ってきた言葉なんですね。
そう考えると、「ホットケーキはパンケーキの一種」という一見ねじれた説明も腑に落ちます。
以下、この見方を裏づける材料を順に見ていきます。
「ホットケーキは和製英語」という説明のあやうさ
日本語の解説記事の多くが「海外にホットケーキという食べ物はない」「和製英語だ」と書いています。
これは少し実態とずれています。
英語の hotcake は、日本人が作った言葉ではありません。
アメリカ英語には「sell like hot cakes(飛ぶように売れる)」という慣用句があり、オックスフォード英語辞典が挙げる古い用例のひとつは1839年のものです。
当時のアメリカではトウモロコシ粉を使った hot cake が食べられており、教会の慈善会や市で焼いたそばから売れたことがこの表現の由来になった、という説があります。
食べ物としてのホットケーキが先に定着していなければ、こんな言い回しは生まれません。
いまも hotcake は英語として生きています。
アメリカ国内では pancake が主な呼び名ですが、hotcake、griddle cake、flapjack といった名称も使われます。
英英辞典にも hotcake の項目があり、アメリカのマクドナルドの朝食メニューは Hotcakes です。
では、なぜ和製英語と言われるのでしょうか?
日本プレミックス協会は「ホットケーキ」という名称が日本で作られたと説明しており、この二つは矛盾しません。
少なくとも「日本人がゼロから作った英単語」という意味での和製英語ではありません。
英語にもともと存在した語が、日本語の中で独自の意味と用法を持つようになったと考えるのが近そうです。
ここを取り違えると、この後の話がぼやけます。
pan は平鍋。そして日本には先に「パン」があった
定番の豆知識も確認しておきます。
パンケーキの「パン」は、ポルトガル語由来の食べ物のパン(pão)ではなく、平鍋(pan)のことで、「平たい鍋で焼くケーキ」という素朴な名前です。
この事情が、日本で別の名前が生まれた背景にもなっています。
日本にはすでに「パン」という食べ物の名前が定着していたため、「パンケーキ」ではパン生地の菓子と誤解されかねない。
1931年に日本初のプレミックス製品が発売された際、食品名として通用していた「パン」との混同を避けるため、また温かいうちに食べることを意識して「ホットケーキの素」と名付けられたと伝えられています。
英語圏では起こりようのない事情が、日本語の語彙の側から働いたわけです。
名前が入れ替わっていった100年
変遷を年表で追うと、二つの言葉の力関係が動いていく様子が見えてきます。
| 年 | できごと | その時の呼び名 |
|---|---|---|
| 1884年(明治17) | 文部省訳『百科全書』にレシピが載る | 薄餅(うすもち) |
| 1904年(明治37) | 西洋料理書『常磐西洋料理』に登場 | パンケーク |
| 1923年(大正12) | 東京・日本橋の三越の食堂で提供 | ハットケーキ |
| 1931年(昭和6) | 日本初のプレミックス「ホットケーキの素」発売 | ホットケーキ |
| 1957年(昭和32) | 森永製菓が加糖タイプを発売 | ホットケーキ(=甘い) |
| 1962〜64年 | 20社近くが市場に参入しブームに | ホットケーキ |
| 2008年・2010年 | 海外発の専門店が上陸 | パンケーキ |
| 2020年春 | 巣ごもり需要でミックス粉が品薄に | ホットケーキミックス |
まず目を引くのは、日本語での最初の名前が「薄餅」だったことです。
1884年の『百科全書』ではパンケーキが薄餅と訳され、20年後の西洋料理書には「パンケーク」の名で登場します。
ケーキですらなく、餅として理解されていた時期があったわけです。
そして1923年、東京・日本橋の三越デパートの食堂に「ハットケーキ」が登場します。
バターとメープルシロップを添えて出されたもので、外食のメニューとしては重要な初期の例です。
百貨店の食堂という華やかな場所でデザートとして提供されたことは、その後の「甘い洋風のおやつ」というイメージづくりに影響したのかもしれません。
アメリカでは朝食の主食、日本ではデパートのごちそう、というこの差は、いまも感覚として残っているように思います。
「ホット」という呼び方はこの時点ですでに使われていたことになります。
ただし決定打は粉でした。1931年に最初のプレミックス「ホットケーキの素」が発売され、1957年12月には森永製菓から加糖タイプが登場します。
甘いミックス粉は注目を集め、1962年から64年にかけて20社近くが参入して一大ブームが起きます。
粉の商品名が、料理の名前を全国に配って回ったのです。
ここで「ホットケーキ」は訳語の域を越え、ブランド名の性格を帯びました。

流れが変わったのは平成です。
2008年に鎌倉・七里ヶ浜にオーストラリア発の「bills」がオープンしてリコッタパンケーキが知られ、2010年にはハワイから「Eggs’n Things」が上陸します。
山盛りの生クリームのパンケーキが人気を呼びました。
今度は店が「パンケーキ」という語を配って回ったわけです。

粉から広がった言葉と、店から再び広がった言葉。
同じものを指す二つの単語が、別々の経路で広く浸透していった。この記事でいちばん言いたいのはここです。
マクドナルドの中で起きていること
「置かれている場所で名前が変わる」という見方がいちばんわかりやすく見えるのが、日本マクドナルドのメニューです。
- ホットケーキ……朝マック限定で、提供は毎朝10時30分まで。バターとシロップを添えた三枚重ね。
- プチパンケーキ……レギュラー商品として扱われ、朝に限らず終日注文できる。ハッピーセットの一品。
同じ企業の商品でありながら、朝食の枠に入れば「ホットケーキ」、子ども向けの終日メニューになれば「パンケーキ」。
ちなみにアメリカのマクドナルドでは、朝食メニューの名は Hotcakes です。
日本の呼称との関係については公式の説明を見つけられませんでしたが、少なくとも「ホットケーキという言い方は日本にしかない」という説明が成り立たないことは確かです。
メーカーは「消費者のイメージ」に合わせて粉を作り分けている
粉の売り場では、いまや「ホットケーキミックス」と「パンケーキミックス」が並んでいます。同じ会社が両方を出していることも珍しくありません。
ここで面白いのは、メーカーが成分の定義ではなく、消費者の頭の中にあるイメージを基準にしているらしいことです。
森永製菓はパンケーキミックスを展開するにあたって行った独自のアンケート調査から、利用者の多くが「パンケーキ=甘くなく、食事向き」「ホットケーキ=甘く、おやつ向き」と感じていると紹介しています。
言葉の違いが先にあり、それに合わせて商品が設計されている。名前が中身を引っぱっている格好です。
「違いは何ですか」という問いの答えが見つけにくいのは、原因と結果の順序が逆になっているからだと思います。
ただ、この対応関係も固定ではありません。
現在の森永のパンケーキミックスは「外食カフェのようなふわふわ食感」を売りにしており、かつての「甘くない食事向け」という位置づけからは変化しています。
公式サイトでも、現在は「朝食にもおやつにも」と紹介されています。
言葉の意味はいまも静かに動き続けているわけです。

近年のスフレパンケーキとホットケーキは、膨らませ方が違う
とはいえ、実際に焼き上がるものに差がないわけではありません。
ただし「厚い/薄い」という差ではないのです。
昭和産業は、パンケーキには昔からある薄いタイプに加えて、近年はメレンゲを主体とした粉の量が少ないスフレタイプが増えており、見た目に厚みがあっても食感は軽く口どけが良い傾向にある、と説明しています。
一方でホットケーキは小麦粉が主体で粉の量が多いため、ふっくらとして食べごたえが出るとしています。
ここで比べているのは、あくまで昔ながらのホットケーキと、近年人気のスフレパンケーキです。

パンケーキという語はもっと大きなくくりなので、これをそのまま「パンケーキ全般との違い」に広げることはできません。
| ホットケーキ型 | スフレパンケーキ型 | |
|---|---|---|
| 主な膨らみ方 | ベーキングパウダーが出す炭酸ガス | メレンゲに抱き込ませた気泡 |
| 粉の比率 | 高い(小麦粉が主役) | 低い(卵が主役) |
| 食感 | しっとり、噛みごたえがある | 軽い、口の中で消える |
| 近い親戚 | どら焼きの皮 | スフレ、シフォンケーキ |
厚みだけを比べれば、ホットケーキのほうが高いこともあります。
違うのは高さそのものより、その高さを何で稼いでいるか。
ガスで膨らんだ生地はしっとり重く、泡で膨らんだ生地は軽く崩れます。食べたときの印象がまるで違うのは、ここに理由があります。

ちなみに英語圏でも構造の差は名前に反映されています。
イギリスのパンケーキは牛乳が多く膨張剤を入れないため膨らまず、クレープに近い薄いものになる。同じ生地でヨークシャー・プディングが作られるほどです。
ひとつの語がこれほど違うものを同時に指しているという事実そのものが、パンケーキがカテゴリー名である証拠でもあります。
同じミックス粉から、両方の方向へ寄せる
ここまでの見立てが当たっているなら、一袋のホットケーキミックスから両方を焼き分けられるはずです。実際にできます。粉はそのままで、卵と牛乳の扱い、混ぜ方、焼き方を変えるだけです。
ホットケーキ寄りに仕上げる
- 混ぜすぎない。粉気が少し残る程度で止める(グルテンが出ると硬く締まります)。
- 生地は寝かせずすぐ焼く。ベーキングパウダーのガスを逃がさない。
- フライパンを一度しっかり熱してから、濡れ布巾に載せて温度を落とす。表面が先に焼けてしまうと内部に火が通りにくくなるためです。
- 弱めの中火でじっくり。焼き色を濃いめに入れて香ばしさを出す。
- 仕上げはバターとシロップだけ。生地の味で勝負します。
スフレパンケーキ寄りに仕上げる
- 卵を卵黄と卵白に分け、卵白は冷やしてしっかりメレンゲにする。
- 牛乳をやや多めにして生地をゆるくし、メレンゲを二回に分けて切るように混ぜる。
- セルクル(または丸く切ったクッキングシートで作った型)を使い、低温で長めに焼く。
- 焦げ色をつけすぎない。淡い焼き色のほうが軽さが際立ちます。
- 生クリーム、フルーツ、ナッツなど、皿の上で構成を作る。
この二つを並べて食べると、名前だけの差と言われる二語が、実は二つの作り方の思想を指していたことがよくわかります。
片方は生地そのものを食べる料理、もう片方は皿の上で組み立てる料理。休日に試してみる価値はあります。
呼び分けに迷ったときの目安
| 場面 | 自然な呼び方 |
|---|---|
| 市販の粉を買う・話題にする | ホットケーキ |
| 子どもと家で焼く | ホットケーキ |
| 昔ながらの喫茶店で注文する | ホットケーキ |
| カフェで生クリーム乗せを頼む | パンケーキ |
| ベーコンや卵と一緒の食事系 | パンケーキ |
| 海外で注文する・英語で話す | pancake(hotcake も通じることがある) |
要するに、相手が使っている言葉に合わせておけば間違いになりません。どちらかが誤りということはないのです。
もっと詳しく知りたい人のための雑学

記念日が二つある
二つの言葉が別ジャンル扱いされている証拠として、記念日が別々に存在します。
- ホットケーキの日=1月25日。1902年1月25日に北海道の旭川で日本の観測史上最低気温(マイナス41.0℃)を記録したことにちなみ、寒い時期にこそ温まってほしいという願いを込めて森永製菓が申請し、日本記念日協会が制定しました。
- パンケーキ・デー。イギリスやアイルランドなどで行われる宗教行事です。イースター前の四旬節の節制に先立ち、卵や乳製品といった傷みやすい食材を使い切るためにパンケーキを焼いたのが始まりとされます。日付は年によって変わります。
片方は日本の菓子メーカーが最低気温から作った記念日で、片方は数百年の宗教習慣。同じ食べ物の別名が、これほど来歴の違う記念日を持っている例はそう多くないでしょう。
どら焼きとの、意外な近さ
あまり知られていない話をひとつ。
大正時代には現在と同じ形のどら焼きが生まれており、戦後しばらくの間、どら焼きとホットケーキは近いものとして扱われていた時期があったようです。
長谷川町子の『サザエさん』には、サザエが「どら焼きを焼く」と言ってホットケーキを焼く場面があると紹介されています。
笑い話に見えますが、理屈は通っています。
小麦粉、卵、砂糖、膨張剤を混ぜて平たい鉄板で丸く焼く。
どら焼きの皮とホットケーキは、製法上ほとんど同じものです。
実際、どら焼きを製造する和菓子店の系列カフェが、時間限定で焼きたての皮をパンケーキとして提供している例もあります。
和菓子と洋菓子という分類も、案外そのくらいの距離だということかもしれません。
開封後の粉には注意を(パンケーキ症候群)
最後に、粉を扱ううえで知っておきたい話を。開封後に常温で長く置いたミックス粉を食べてアレルギー症状が出ることがあり、パンケーキ症候群と呼ばれています。
原因は粉の中で繁殖したダニで、重いアナフィラキシーに至った報告もあります。ホットケーキミックスやお好み焼き粉のように糖や乳成分、うま味成分を含む粉は、ダニにとって栄養が豊富なぶん注意が必要です。
発症の前提はダニアレルギーがあることで、気管支喘息や通年性のアレルギー性鼻炎を持つ人に起こることが多いとされます。報告されている症例の多くは、開封後に数か月から数年にわたって室温で保存された粉によるものです。
ただし約1か月の保存で発症した例もあり、「1か月なら大丈夫」という線引きがあるわけではありません。
予防は難しくありません。開封したらできるだけ早く使い切り、残ったら密閉して冷蔵庫へ。
加熱してもアレルゲンは分解されないため、「焼けば大丈夫」とはいかない点だけ覚えておいてください。棚に開封済みの袋が眠っているなら、今日のうちに移しておくといいでしょう。気になる症状があれば医療機関に相談を。
よくある質問
ホットケーキミックスでパンケーキは作れますか?
作れます。牛乳をやや多めにして生地をゆるくし、卵白をメレンゲにして加え、低温でゆっくり焼くと軽い食感になります。標準の分量で混ぜすぎずに焼けば、しっとりしたホットケーキになります。
海外で「ホットケーキ」と言って通じますか?
アメリカでは通じることが多いです。地域や店によっては hotcake、griddle cake、flapjack といった呼び方も使われます。ただし最も確実に通じるのは pancake です。
なぜ日本のホットケーキは甘いのですか?
1920年代に百貨店の食堂でデザートとして提供され、その後1957年に発売された加糖タイプのミックス粉が広く普及したことが、「甘いおやつ」というイメージの形成に影響したと考えられます。
海外では、日本ほど「パンケーキ=カフェスイーツ」とは限らず、朝食や食事として食べられることも一般的です。
まとめ
- 公式には明確な規定がない。そのうえで、日本での呼び分けは「どこに置かれているか」で整理すると説明がつきやすい。
- 「ホットケーキ=和製英語」は不正確。英語の hotcake は19世紀から使われ、慣用句にも残っている。
- 日本で別の名前が定着した背景には、すでに「パン」という食べ物の名があったという事情がある。
- ホットケーキは粉の商品名として、パンケーキは海外の専門店とともに広まった。広まった経路が違う。
- 昔ながらのホットケーキと近年のスフレパンケーキでは、膨らませ方が違う。
- 同じミックス粉でも、卵と牛乳の扱いや焼き方を変えれば両方に寄せられる。
次にホットケーキを焼くとき、その一袋が1931年から続く商品名を背負っていることを思い出してみてください。
名前の違いは、味というより100年分の歴史の違いなのだと思います。
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