「一夫多妻なら男が余る」は本当か?8,410万人の国勢調査が出した答え

世界には、一夫多妻制を認めている社会があります。

男性ひとりが複数の女性を妻にできる制度です。

そして、生まれてくる赤ちゃんの男女比は、ほぼ1対1です。

だとすれば、妻を持てない男性が必ず出てくるはずですよね。

誰かが2人娶れば、その分どこかで1人があぶれる。小学生でもできる引き算です。

ところが、です。

30か国・8,410万人分の国勢調査を調べ上げた2025年の研究は、この直感とまったく逆の結果を突きつけてきました。

しかもそのあと、話は日本に戻ってきて、もう一度ひっくり返ります。

順番に見ていきましょう。

【クイズ①】男性100人、女性100人の村があります。20人の男性がそれぞれ妻を2人持ったとき、結婚できない男性は何人でしょう?

答え:20人

20人が2人ずつ娶ると、女性40人がそこに吸収されます。残る女性は60人。残る男性は80人。60組が成立して、20人があぶれます。この計算に間違いはありません——「ある条件のもとでは」。その条件が何なのかが、この記事の本題です。

まず確認しておきます。その算数は、正しいのです

最初にはっきりさせておきたいことがあります。

冒頭の引き算は、間違っていません。

ただし、成り立つための条件があります。

「静止した世界」でなら、確かに20人があぶれます

その条件とは、静止した世界です。

男性100人と女性100人がいて、全員が同い年で、全員が生涯にたった一度だけ結婚し、誰も死なず、誰も引っ越さないという世界です。

この世界で20人の男性が妻を2人ずつ持てば、女性40人がその20人に配分されます。

残る女性は60人、独身の男性は80人なので、全員が一夫一妻で結婚しても、20人の男性が余ります。

クイズ①の答えのとおりです。

女性 100人男性 100人 / うち 20人が結婚できない
20人の男性が妻を2人ずつ取ると、女性40人がそこに吸収されます。残った80人の男性に対して、女性は60人しかいません。

「既婚男性ひとりあたり妻1.25人」という考え方

この関係は、もう少しすっきり言い換えられます。

ある男性が妻を1人余分に持つことは、別の男性1人分の結婚相手が消えることと等しいのです。

平均して「既婚男性1人あたり妻1.25人」なら、女性100人が全員妻になっても、夫になれる男性は80人。100 ÷ 1.25 = 80 という、それだけの話です。

これは、素人の思いつきではありません

ここで少し驚いていただきたいのですが、この図式は掲示板の議論から生まれたものではありません。

とある学術誌に載った論文の出発点なのです。

ヘンリックらが示した「男性の40%が締め出される」

人類学者ジョゼフ・ヘンリックらが2012年に『Philosophical Transactions of the Royal Society B』に発表した論文「The puzzle of monogamous marriage」は、まさに同じ計算から始まります。

男女それぞれ20人の集団を考えます。

地位の高い上位12人の男性が結婚し、そのうち上位5人が第二夫人を、上位2人が第三夫人を、最上位の1人が第四夫人を取る。

すると婚姻全体の58%は一夫一妻でありながら、男性の40%が結婚市場から締め出される——そういう計算になります。

ヘンリックらはここから、余った未婚男性のプールが犯罪・暴力・内戦の温床になると論じました。

この主張は大きな影響力を持ち、援助機関の報告書や政策文書、そしてインターネット上の議論にまで、広く流れ込んでいきます。

問題は結論ではなく、出発点にありました。「結婚市場の男女比は1対1である」という前提が、現実の人口ではほとんど成り立たないのです。

ところが、結婚市場の男女比は1対1ではありません

ここが、この記事のいちばん大事なところです。

生まれてくる子の男女比が1対1に近いことと、いま結婚相手を探している男性と女性の数が等しいこと

この2つは、まったく別の話です。

そして両者のあいだには、4つの隔たりがあります。

①夫婦の年齢差が、平均8.2年もある

男性は、同い年の女性とだけ結婚するわけではありません。

サブサハラ・アフリカ34か国のDHS・MICS調査144件(既婚女性92万人超、1980〜2020年)を分析した研究によると、初婚時の夫婦の年齢差は平均8.2年です。

最大のガンビアで12.9年、最小のルワンダで4.5年、西アフリカほど大きくなります。

この差は縮小傾向にあって、1980〜84年に結婚した世代では9.3年だったものが、2014〜19年には7.3年になりました。

それでも、日本の1.3歳とは桁が違います。

年齢差があると、何が起きるでしょうか。

30歳の男性が20歳の女性と結婚するとき、彼が競争している相手は同い年の男性ではありません。

比べられているのは、10年後に生まれた世代の女性の数なのです。

②人口が増えている

そして、ここで人口成長が効いてきます。

人口が増えている社会では、若い世代ほど人数が多くなるので、年2%成長なら、10年下の世代は 1.0210 ≒ 1.22倍です。

30歳男性100人に対して、20歳女性は122人います

つまり、30歳の男性が100人いる社会に、20歳の女性は122人いるということです。

出生時の男女比が1対1でも、こうなります。

この時点で、もう答えが見えてきますね。

100人の男性全員が妻を1人ずつ持っても、女性が22人残ります。

その22人が第二夫人になれば、男性の2割強が妻を2人持ちながら、誰ひとり結婚市場から締め出されない

最初に「静止した世界」と書いたのは、このためです。

人口が動いているだけで、算数の前提が崩れてしまうのです。

③男性のほうが、早く死ぬ

多くの人口で、男性の死亡率は女性より高くなります。戦争、狩猟、牧畜、危険な労働、暴力、事故。理由はいくらでもあります。

成人まで生き残るのが女性100人に対して男性90人なら、それだけで、一夫一妻でも女性が10人余る計算になります。

④結婚は、一度きりとは限らない

最後がこれです。結婚を生涯に一度と決めつけていたのは、私たちの側の思い込みでした。

20歳で結婚し、30歳で夫と死別し、32歳で再婚する女性がいたとします。彼女は1人ですが、その人生には2人の男性が関わっています。死別・離婚・再婚が時間軸の上で繰り返されるので、ある瞬間の既婚者数と、生涯で一度でも結婚する人の割合は、まったく別の数字になるのです。

【クイズ②】人口が年2%で増えている社会で、夫が妻より10歳年上だとします。30歳の男性が100人いるとき、20歳の女性はおよそ何人いるでしょう?

答え:約122人

1.02の10乗はおよそ1.22。10年下の世代は22%多いことになります。男性100人全員が妻を持っても、まだ22人の女性が残る。この「余り」が第二夫人の席になります。人口が増えているだけで、一夫多妻の余地が生まれてしまうのです。

では、どこまでなら「収まる」のか

ここまでは、いわば理屈の話でした。実際に数字を入れたらどうなるのか——それを計算したのが、2025年10月に『PNAS』に載った論文です。

著者はハンプトン・ギャディ(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)、レベッカ・シア(ブルネル大学)、ローラ・フォルトゥナート(オックスフォード大学)の3人。

前提を変えると、答えは0.7%から52.3%まで動きます

彼らは閉じた安定人口を仮定して、男女の平均寿命、人口成長率、男性の結婚年齢、夫婦の年齢差を動かしながら、こう問いました。

「誰ひとり未婚男性を出さずに、何%の男性が平均2.5人の妻を持てるか」

結果が、これです。

前提を変えると、持続可能な一夫多妻率はこう変わります
人口成長率 平均寿命(男/女) 夫婦の年齢差 対象年齢 妻を2.5人持てる男性
0% 45年/50年 0年 25歳 0.7%
2% 66年/66年 10年 45歳 12.1%
2% 30年/38年 10年 45歳 52.3%

いずれも「残りの男性全員に妻が1人ずつ行き渡る」ことを条件にした上限値です。

最下段を見てください。

人口成長率が高く平均寿命が短いという、歴史的にはごくありふれた条件を入れると、45歳男性の半数以上が複数の妻を持ちながら、同年齢の他の男性が全員結婚できます

0.7%と52.3%では、もう別の世界の話です。

花婿40人、花嫁60人なら、どうなるか

同じ論文が、もっと直感的な例も挙げています。原文はこうです。

With 40 prospective grooms and 60 prospective brides, 10% of the men can marry up to six wives each without any of the other men going unmarried.
(花婿候補が40人、花嫁候補が60人なら、男性の10%が最大6人ずつ妻を娶っても、残りの男性は全員結婚できる)

6人です。ひとりで6人娶っても、誰もあぶれない。

つまり「一人が余分に娶れば、必ず一人があぶれる」という命題は、結婚適齢期の男女比が1対1に固定されているときにだけ成り立つ、かなり脆い命題だったということになります。

8,410万人が出した答え

とはいえ、モデルはあくまでモデルです。

「理屈の上ではそうなる」と「実際にそうなっている」のあいだには、まだ距離があります。

そこで研究チームがやったことが、正直、すごい。

30か国・74回の国勢調査、個票8,410万件

彼らは、アフリカ・アジア・オセアニアの30か国で1969年から2016年にかけて実施された国勢調査74回、個票8,410万件を集めました。

内訳はサブサハラ・アフリカ20か国52回、北アフリカ・中東5か国11回、南/東南アジア4か国8回、そしてパプアニューギニア3回。問いはただ一つです。

一夫多妻が多い地域ほど、未婚男性は多いのか。

予想どおりだったのは、74回中6回だけでした

予想どおりの正の関連——一夫多妻が多い地域ほど未婚男性が多い——が出たのは、74回中わずか6回(8%)

逆に、一夫多妻が多い地域ほど未婚男性が少ないという関連が、34回(46%)で見られました。残りは有意な関連なし。

国ごとに最新の国勢調査だけを見ると、正の関連が確認されたのはモザンビーク(2007年)と南アフリカ(2016年)の2か国のみ。

負の関連は15か国にのぼりました。

全データを通じても、正の関連が現れたのはブルキナファソ、マラウイ、モザンビークに限られ、しかもモザンビークを除いて、同じ国の別の年では再現しませんでした。

そして念押しがすごい。分析手法を変えた116,424通りの代替仕様を試したところ、99.98%(116,396通り)で負の関連が正の関連を上回ったそうです。

ここまでやられると、偶然では片づけられません。

19世紀のモルモン教徒でも、同じでした

研究チームは、まったく別の材料ももう一つ投入しています。1880年アメリカ合衆国国勢調査の全数個票、2,475郡・2,600万人分です。

当時のユタ準州を中心に、モルモン教徒による一夫多妻が制度として実践されていた24郡(ユタ21郡、周辺州3郡)を特定し、他の郡と比較しました。

結果は、こうです。

一夫多妻が行われていた24郡の未婚男性割合は、西部の他の郡より有意に低く(P<0.001)、中西部(P=0.002)、北東部(P=0.010)よりも低い。

南部と比べたときだけ高くなりました(P=0.035)。

さらに、男女比が同じ水準の郡どうしで比べても、24郡のうち19郡で未婚男性割合は平均を下回っていました。

時代も大陸も宗教も違うのに、同じ方向の結果が出た。これは効きます。

【クイズ③】30か国・74回の国勢調査を調べた結果、「一夫多妻が多い地域ほど未婚男性が多い」という予想どおりの関連が出たのは何回でしょう?

答え:6回(74回中8%)

むしろ逆——一夫多妻が多い地域ほど未婚男性が少ない——という関連が34回(46%)で見つかりました。しかも分析手法を116,424通りに変えても、99.98%で逆方向の結果が上回っています。私たちの直感は、データにきれいに裏切られました。

なぜ、逆になるのでしょうか

ここで慎重にならなければいけません。

この結果は「一夫多妻にすれば男性が結婚しやすくなる」ことを意味しません。あくまで相関であって、因果ではないからです。

犯人は「結婚規範の強さ」かもしれません

著者らが有力視しているのは、結婚規範そのものの強さという説明です。

一夫多妻が盛んな社会は、たいてい「大人は結婚するものだ」という規範が強い社会でもあります。

その規範が押し上げる結婚率のほうが、一夫多妻が結婚市場の男女比を歪めて押し下げる分より大きい——というわけです。

子どもの数にも、同じ傾向が出ています

この解釈には傍証があります。

1980年代のケニアでは、一夫多妻が多い地域ほど理想の子ども数が明確に大きく、サブサハラ29か国の分析でも同じ傾向が確認されました。

さらに38か国のデータで、一夫多妻の普及度と40歳時点の男性の無子率は負の相関を示しています。

一夫多妻が盛んな社会では、男性はむしろ子を持ちやすい。

ここまで来ると、当初の想定はかなり分が悪くなります。

交絡要因も指摘されています。

一夫多妻は都市より農村で多く、都市化は結婚規範を弱めます。

ただし地域の男女比を統計的に統制しても負の係数は中央値で18%しか縮まらないので、男女比だけでは説明がつきません。

19世紀のモルモン社会についても、結婚と出産に高い宗教的・道徳的価値が置かれていたことが同じ方向に働いた、と著者らは見ています。

ただし、論争はまだ続いています

正直に書いておきます。これは決着した話題ではありません。

2026年4月、『PNAS』にこの論文への批判レターが掲載されました。

オックスフォード大学のJingyuan Dengによる「Polygyny’s marriage squeeze is real but temporary(一夫多妻の結婚市場圧迫は実在するが、一時的である)」です。

ギャディらは同じ号で「Reply to Deng: Polygyny’s marriage squeeze has little power to explain violence(圧迫には暴力を説明する力がほとんどない)」と応じています。

興味深いのは、Dengの主張する「一時的」という論点が、次の章の話とちょうど重なることです。

それでも、競争が消えたわけではありません

ここは誤解されやすいところなので、はっきり書きます。

「大量の生涯未婚男性は生まれない」ことと、「男性間の競争がない」ことは、まったく違います。

富と妻の数の、はっきりした相関

一夫多妻が可能な社会では、富や地位のある男性ほど多くの妻を得やすくなります。

人類学のデータは、この点でかなり明快です。

ダニエル・ネトルとトーマス・ポレットが11社会を比較した2008年の研究では、男性の富に対する自然淘汰の勾配——富が繁殖成功にどれだけ効くか——は、ケニアのムコゴド(家畜保有量)で0.58、キプシギス(土地保有)で0.68。サンプル中で突出した数字でした。

同じ指標は、歴史的ヨーロッパで0.24、現代の産業社会では0.13にすぎません。5倍近い差です。

著者らの説明はこうです。

この2社会では男性の繁殖成功のばらつきの大部分が妻の数で説明され、妻の数の大部分が土地と家畜の保有量で説明される。ボルガーホフ・マルダーのキプシギス研究も、土地保有量と妻の数の強い相関を報告しています。

順番待ちは、永久追放ではありません

すると結婚市場は、はっきりと階層化します。

裕福な男性が妻を複数持ち、普通の男性が1人持ち、若く資産のない男性は順番待ちになる。

ただし、この「順番待ち」は永久追放ではないのです。

20歳で結婚できなかった男性が、家畜や土地を蓄えて30歳になり、そのときの20歳前後の女性と結婚する。世代がずれながら、組み合わされていく。

一夫多妻の圧力は「妻を永久に奪う」というより、「男性の結婚時期を後ろにずらす」という形で現れます。若い未婚男性は増える。しかし生涯未婚男性が大量発生するとは限らない。

先ほどのDengの「一時的である」という批判は、おそらくこの部分を指しています。圧迫は確かにある。ただしそれは遅延であって、排除ではない——という読み方です。

そして現代日本に持ち込むと、前提がひっくり返ります

さて、ここまでの話は、最初の素朴な算数を否定したように見えます。

ところが、話には続きがあります。そしてここからが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。

年齢差1.3歳、そして人口減少

一夫多妻を人口学的に成立させていたのは、高い人口成長率、大きな夫婦の年齢差、短い平均寿命、高い男性死亡率という組み合わせでした。

現代の日本には、そのどれもありません。

2024年の人口動態統計によれば、日本の平均初婚年齢は夫31.1歳、妻29.8歳。年齢差は1.3歳です。

サブサハラ・アフリカの8.2年とは比べものになりません。

そして日本の人口は、増えていません。若い世代ほど、小さい。

20〜24歳の女性301万人に対して、男性は321万人

日本の年齢階級別人口(2025年11月1日現在・概算値)
年齢階級 人口 20〜24歳女性を100としたとき
女性 20〜24歳 301万人 100
男性 20〜24歳 321万人 107
男性 25〜29歳 339万人 113
男性 30〜34歳 332万人 110

同年齢で107対100。5歳上の男性なら113対100。10歳上でも110対100。

年上婚を広げても、市場に女性は増えないのです。

符号が、逆転します

ここに気づいたとき、私は少し鳥肌が立ちました。

人口が年2%増えていた社会では、夫が10歳年上であることが、結婚市場を「女性余り」にしました。ところが人口が縮小している社会では、まったく同じ年齢差が、それを「男性余り」にするのです。

符号が、ひっくり返る。

したがって、仮にいまの日本に一夫多妻という制度だけを持ち込んだとしたら、どうなるか。

20代・30代の男性の2割が妻を2人持てば、その分だけ確実に他の男性の結婚機会が消えます。冒頭の素朴な算数が、ほぼそのまま当てはまってしまう。

一夫多妻を成立させていた人口学的な緩衝材が、この社会には存在しないのです。

そもそも、一夫多妻は世界のどこにあるのか

ついでに押さえておくと、一夫多妻は世界中に広がっている制度ではありません。

ピュー研究所の推計では、一夫多妻世帯に暮らす人は世界全体で約2%にすぎず、大半の国では0.5%未満です。

サブサハラ・アフリカで11%、突出して高いのがブルキナファソ36%、マリ34%、ナイジェリア28%。

ピューが「polygamy belt(一夫多妻ベルト)」と呼ぶ西・中部アフリカの一帯に、事実上集中しています。

条件別 ── 一夫多妻で独身男性は増えるのか
条件 結果
男女同数・同年齢・生涯に一度だけ結婚 必ず増える
男女同数だが夫が10歳ほど年上 必ずしも増えない
人口が年2%程度で増加中 増えにくい
女性のほうが成人まで多く生き残る 増えにくい
男性がかなり晩婚 若い未婚男性は増えるが、生涯未婚とは限らない
死別・離婚・再婚が多い 生涯未婚男性は減りうる
人口減少社会・年齢差が小さい(現代日本) 増える。緩衝材がない

本当の謎は、なぜ一夫一妻になったのか、です

最後に、もう一段だけ深いところへ行かせてください。

人類社会の85%は、一夫多妻を認めてきました

民族誌記録の集成である Ethnographic Atlas では、婚姻形態が判別できる1,231社会のうち、一夫一妻と分類されるのはわずか186社会。15%です。

裏を返せば、人類社会の約85%が、何らかの形で一夫多妻を認めてきたことになります。

ちなみに一妻多夫は、たったの4社会でした。

にもかかわらず、近代国家では一夫一妻が標準になりました。

これは、なぜでしょうか?

文化的集団淘汰か、それとも相続財産の競争か

ヘンリックらの答えは文化的集団淘汰でした。

一夫一妻という規範を採用した集団は、男性間の生殖格差が縮まって協力が促され、集団どうしの競争で有利になった。

だから一夫一妻の規範が広がった、と。

彼らはミシェル・テルティルトの経済モデル——一夫多妻を禁じると出生率が40%下がり、貯蓄率が70%上がり、一人当たり産出が170%増える——も援用しています。

この説明には、有力な対抗馬があります。

相続財産をめぐる競争説です。

土地が私有化され、希少になるほど、財産を分散させる複数の妻と多数の子は不利になります。

歴史家ウォルター・シャイデルは、ギリシア・ローマが「規範上は普遍的な一夫一妻でありながら、資源による事実上の一夫多妻と共存していた」社会だったことを指摘し、単一の因果機構では説明できないと論じました。

2025年、186社会の系統比較が出した答え

そして2025年12月、『PNAS』にこの論争の新しい実証が載りました。

ガブリエル・シャッファらは、狩猟採集民から古代国家までを含む186社会にベイズ系統比較モデルを適用し、一夫一妻が土地の私有化と強く結びついていること、地域によっては土地の希少性とも関連することを示しました。

一方、集団間競争モデルへの支持は一貫しませんでした。

一部の語族では説明力があるものの、サンプルの大多数には及ばない。

結論はこうです。

一夫一妻は、似た社会生態条件のもとで何度も独立に出現した

それを説明するのは、集団の結束や暴力の抑制ではなく、誰が土地を相続するかという問いだった。

一夫多妻の核心は「男が何人の妻を持てるか」ではありませんでした。「誰が何を相続するか」だったのです。

では、最初の疑問に答えます

「一夫多妻なら男が余る」は本当か。いま最も正確に答えるなら、こうなります。

出生時の男女比が1対1だからといって、一夫多妻制のもとで必ず大量の男性が生涯独身になるわけではありません。

年齢差、人口成長、死亡率差、再婚が、算数の直感を裏切るだけの余地を生みます。

実際、8,410万人分のデータは、むしろ逆の関連を示しました。

しかし——結婚適齢期の男女比まで1対1で、年齢差も人口成長も死亡率差も再婚もすべて固定するなら、一人の男性が余分に妻を持ったぶんだけ、他の男性の結婚機会は確実に減ります。

そして、その「すべてが固定された世界」に世界でいちばん近いのが、いまの日本なのです。

■出典

  1. Gaddy, H. G., Sear, R., & Fortunato, L. (2025). High rates of polygyny do not lock large proportions of men out of the marriage market. PNAS, 122(40), e2508091122. DOI: 10.1073/pnas.2508091122全文PDF
  2. Deng, J. (2026). Polygyny’s marriage squeeze is real but temporary. PNAS, 123(16), e2605698123. DOI: 10.1073/pnas.2605698123
  3. Gaddy, H. G., Sear, R., & Fortunato, L. (2026). Reply to Deng: Polygyny’s marriage squeeze has little power to explain violence. PNAS, 123(16), e2607580123. DOI: 10.1073/pnas.2607580123
  4. Henrich, J., Boyd, R., & Richerson, P. J. (2012). The puzzle of monogamous marriage. Phil. Trans. R. Soc. B, 367(1589), 657–669. 全文PDF
  5. Šaffa, G., Jaeggi, A. V., Zrzavý, J., & Duda, P. (2025). Competition for heritable wealth, not cultural group selection, drives the evolution of monogamy. PNAS, 123(1), e2514328122. DOI: 10.1073/pnas.2514328122
  6. Kyei, P. S., Agyei-Mensah, S., Casterline, J. B., & Bawah, A. A. (2025). Trends in spousal age difference at first marriage in Sub-Saharan Africa. Journal of Biosocial Science, 57(4), 532–548. 掲載ページ
  7. Nettle, D., & Pollet, T. V. (2008). Natural selection on male wealth in humans. The American Naturalist, 172(5). 全文PDF
  8. Borgerhoff Mulder, M. (1990). Kipsigis women’s preferences for wealthy men. Behavioral Ecology and Sociobiology, 27(4), 255–264. 掲載ページ
  9. Pew Research Center (2020). Polygamy is rare around the world and mostly confined to a few regions. 記事
  10. Gray, J. P. (1998). Ethnographic Atlas Codebook. World Cultures, 10(1), 86–136. PDF(変数v9の度数分布)
  11. Tertilt, M. (2005). Polygyny, fertility, and savings. Journal of Political Economy, 113(6), 1341–1370. PDF
  12. Scheidel, W. (2009). A peculiar institution? Greco-Roman monogamy in global context. The History of the Family, 14, 280–291. PDF
  13. 厚生労働省「令和6年(2024) 人口動態統計月報年計(概数)の概況」PDF
  14. 総務省統計局「人口推計」2025年11月1日現在(概算値)PDF
  15. London School of Economics (2025). New study challenges claim polygyny drives men to civil war. プレスリリース

数値は各出典の記載どおりに引用しています。DHSにもとづく初婚年齢の国別中央値については、調査年により値が動くため本文では採用せず、複数国を統合した査読済み推計(出典6)に置き換えました。出典2・3のレター往復については、本記事執筆時点で本文にアクセスできなかったため、標題と掲載情報のみを紹介しています。