時代劇では「母上」、幼い子どもは「ママ」、家庭では「お母さん」、そして自分の親について他人に話すときは「母」。
どれも同じ「母親」を指しているのに、日本語では場面によって呼び方が大きく変わります。
では、「母」「ママ」「お母さん」「母上」には、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。
ポイントは、単純な「古い・新しい」や「丁寧・くだけている」という違いではありません。
本人に向かって呼びかける言葉なのか、それとも第三者に母親のことを話すときの言葉なのかという役割の違いがあります。

さらに歴史をたどると、「母」は奈良時代には確認でき、「母上」は平安時代、「お母さん」は江戸時代後期から明治時代に全国へ普及しました。
「ママ」も意外に古く、明治時代には一部の家庭で使われ始めています。
この記事では、4つの言葉の現代での使い分けから、それぞれがどのように日本語へ定着してきたのかまで、順番に解説します。
まず結論|「母」「ママ」「お母さん」「母上」の違い
| 呼び方 | 本人への呼びかけ | 自分の母を他人に話す | 現在の主な使われ方 | 歴史 |
|---|---|---|---|---|
| 母(はは) | △ 通常は使わない |
◎ | 改まった会話、文章、書類など | 「はは」は奈良時代以前から確認 |
| お母さん | ◎ | △ 相手や場面による |
家庭での呼びかけ、一般的な母親の呼称 | 江戸後期から確認、明治以降に全国へ普及 |
| ママ | ◎ | ○ | 幼児・子どもの呼びかけ、家庭内、育児場面 | 明治後半には一部で使用、戦後に広く普及 |
| 母上(ははうえ) | ○ | △ | 現代では時代劇、小説、冗談など | 『源氏物語』にも用例がある |
最も重要なのは、「母」と残り3語では、現代日本語での役割がかなり違うことです。
たとえば、自分の母親に向かって「お母さん」「ママ」「母上」と呼ぶことはできます。しかし、現代の日常会話で「母、ちょっと来て」と呼びかけるのはかなり特殊です。
一方、会社で「昨日、母が病院へ行きまして」と話すのは自然ですが、「昨日、ママが病院へ行きまして」と言えば、かなり私的で幼い印象になります。
つまり、この4語は単純に「丁寧さ順」に並べられる言葉ではありません。
「母」「ママ」「お母さん」「母上」を詳しく解説

「母」|4語の中で最も古くから確認できる言葉
4つの中で最も古い歴史を確認できるのが「母(はは)」です。
日本語の「はは」という言葉自体は、奈良時代にはすでに使われていたと考えられています。
しかも当時の発音は今とはかなり違い、「はは」は古くは「パパ」に近い音だったという説があります(p音がf音を経てh音に変化したとする、日本語の音韻変化の定説の一つです)。
現代では対極の呼び方に見える「ママ」と「母(はは)」ですが、大昔の発音をたどると意外な近さがあったことになります。
ここで注意したいのは、「母」は漢字ですが、日本語の「はは」そのものを漢語と考えるのは正確ではないという点です。
漢字の「母」は中国から伝わった文字ですが、日本語にはもともと「はは」という親族呼称があり、そこに「母」の字が当てられています。
「母」はなぜ本人への呼びかけに使われにくい?
現代の日本語では、「母」は基本的に自分の母親について家族以外の人に話すときに使われます。
たとえば、次のような使い分けです。
家の中では、
「お母さん、ちょっと来て」
会社では、
「母がいつもお世話になっております」
となるのが一般的です。
ただし、「母」という言葉そのものが謙譲語なのではありません。
文化庁の敬語に関する解説でも、改まった場で自分側の家族について外部の人に話す場合、「父」「母」など敬称を付けない形を使うのが基本とされています。
つまり、「母」は「お母さん」をへりくだらせた謙譲語なのではなく、身内について外部に言及するときに使われる基本的な呼称と考えた方が正確です。
漢字の「母」はどのように生まれた?
漢字の「母」の成り立ちには、実はいくつかの説があります。
「女」の字に、乳房を示す点を加えて子に乳を与える女性を表したとする説(指事文字とする立場)がよく知られていますが、一方でこの「点=乳房」という解釈自体を後世の俗説とみなし、単に「女」と区別するための印にすぎないとする説(象形文字とする立場)もあります。
数千年前に生まれた一文字の成り立ちにも、今なお解釈の分かれる余地が残っているのです。
そのため日本語でも、「母国」「母校」「母船」「母体」など、「自分を生み出したもの」「物事のもとになるもの」という意味へ広がっています。
「酵母」「字母」「分母」など、家族とはまったく違う分野にも「母」という字が使われているのは興味深いところです。
「母上」|『源氏物語』にも登場する1000年以上前の敬称
「母上」は、「母」そのものより後に成立した呼称ですが、それでも1000年以上の歴史があります。
辞書では、『源氏物語』に「母上」の用例が確認されています。『源氏物語』は11世紀初頭に成立したと考えられているため、平安時代にはすでに母親に敬意を込める表現として使われていたことになります。
「母上」だけが特別な言葉だったわけではありません。
日本語には、
- 「父上」
- 「兄上」
- 「姉上」
など、親族を表す語の後ろに「上」を付けて敬意を示す表現があります。
「母上」もその一つです。
なぜ現代では「母上」をあまり使わない?
「母上」は平安時代から中世・近世へと受け継がれ、とくに武家社会を連想させる呼称として定着していきました。
しかし、明治時代になると社会制度そのものが大きく変わります。
武士という身分がなくなり、全国共通の学校教育が始まりました。そして学校教育を通して「お父さん」「お母さん」という呼び方が全国へ広がっていきます。
その結果、「母上」は日常的な家庭語の中心から外れていきました。
とはいえ、言葉そのものが消えたわけではありません。
現在でも、時代劇、歴史小説、漫画、アニメ、ライトノベル、ファンタジー作品などでは頻繁に登場します。
「母上」と呼ばせるだけで、
- 「格式の高い家柄」
- 「古い時代」
- 「武家的な家庭」
- 「貴族的な世界」
といった雰囲気を説明なしに表現できるからです。
1000年前には実際の家庭で使われていた言葉が、現在では時代や身分を表現する言葉として生き残っているわけです。
「お母さん」|江戸時代には全国共通ではなかった
現在の日本では、「お母さん」はごく普通の呼び方です。
しかし、江戸時代の日本人が全国どこでも母親を「お母さん」と呼んでいたわけではありません。
江戸時代後期には、地域や身分によって母親の呼び方が大きく異なっていました。
たとえば上方では「おかあさん」「かかさん」などが使われ、江戸では「おっかさん」「おっかあ」などの呼び方も一般的でした。
つまり、現在では全国共通語のように感じる「お母さん」も、もともとは数ある地域的・階層的な呼び方の一つだったのです。
1903年の国定教科書が大きな転換点に
「お母さん」が全国へ広まるうえで大きな転換点となったのが、明治36年(1903年)です。
この年から使用された第一期国定教科書で、「おとうさん」「おかあさん」という呼称が採用されました。
当時は現在ほど全国共通の話し言葉が確立しておらず、家庭内での親の呼び方にも地域差がありました。
しかし、全国の子どもたちが同じ教科書を使って学ぶようになると、「お父さん」「お母さん」という呼び方が学校教育を通じて広がっていきます。
現在ではあまりにも当たり前なので気付きにくいのですが、「お母さん」が全国共通の標準的な呼び方になった背景には、近代の学校教育が大きく関係しているのです。
「お母さん」は「母上」が変化した言葉ではない
「母上」の方が古いため、「母上」が時代とともに「お母さん」へ変化したように感じるかもしれません。
しかし、両者を単純な新旧関係として考えるのは適切ではありません。
「母上」は「母+上」という敬称表現です。
一方、「お母さん」は江戸時代の「おかあさん」「かかさん」「おっかさん」など、別系統の親族呼称の歴史の中で広がってきました。
つまり、
母上 → お母さん
と一直線に変化したわけではありません。
異なる歴史を持つ呼称が、どちらも「母親を敬意や親しみを込めて呼ぶ」という似た役割を担ってきたのです。
「ママ」|戦後生まれではなく、明治時代にはすでに使われていた
「ママ」と聞くと、戦後のアメリカ文化とともに日本へ入ってきた新しい言葉という印象を持つ人もいるかもしれません。
しかし、「パパ」「ママ」は戦後になって初めて日本人が使い始めた言葉ではありません。
明治時代後半には、欧米文化の影響を受けた一部の上流家庭などで「パパ」「ママ」という呼び方が使われ始めていました。
つまり、「お母さん」が国定教科書を通じて全国へ広がり始めた明治後半には、すでに別の方向から「ママ」も日本の家庭へ入り始めていたことになります。
ただし、「お母さん」と「ママ」が同じ1903年に誕生した、とまで断定することはできません。
「お母さん」には国定教科書採用という明確な転換点がありますが、「ママ」は一部の家庭から徐々に広がった呼び方だからです。
なぜ世界には「mama」に似た言葉が多い?
英語の「mama」だけでなく、中国語の「媽媽」、ロシア語の「мама」など、世界には「ママ」に近い音で母親を表す言語が数多くあります。
これについては、「m」「a」のような音が乳児の発声に現れやすいこととの関係が指摘されています。
ただし、日本語の幼児語「まんま」などと現代日本語の「ママ」が直接語源的につながっていると断定することはできません。
「音が似ている」ことと、「同じ語源から生まれた」ことは別の問題だからです。
「パパ・ママ」をやめさせようとした時代もあった
「パパ・ママ」のような西洋風の呼称は、日本に入ってきた当初から無条件に歓迎されたわけではありません。
昭和初期には、「パパ・ママ」のような呼び方を好ましくないものとして批判する動きもありました。
しかし、こうした動きによって呼び方が消えることはなく、戦後になると「パパ・ママ」はさらに一般家庭へ広がっていきました。
国定教科書によって普及した「お父さん・お母さん」と、民間の家庭から広がった「パパ・ママ」が、現在まで並んで使われ続けているのは興味深い点です。
現在は「ママ」と「お母さん」のどちらが多い?
現在の親の呼び方を見ると、「パパ・ママ」はかなり一般的になっています。
ベネッセ教育情報サイトが掲載している1,644人を対象とした調査では、「パパ・ママ」が最も多く、「お父さん・お母さん」のおよそ2倍という結果が紹介されています。
同サイトでは、2009年の調査では「パパ・ママ」が約4割、「お父さん・お母さん」が約5割だったとも紹介されており、十数年間で呼び方の傾向が大きく変わっていることがわかります。
また、アンケート回答の中には、アニメ『SPY×FAMILY』の影響で父親と母親を「ちち」「はは」と呼ぶようになったという例も紹介されています。
昔の呼び方が完全に消えて新しい呼び方へ置き換わるのではなく、テレビや漫画、アニメなどの影響によって再び使われることもあるのです。
雑学

大人になると母親の呼び方を変える人も多い
母親の呼び方は、一生同じとは限りません。
酒類販売のカクヤスが20〜60代の利用者191人を対象に行った調査では、母親の呼び方として、
- 「おかあさん」45%
- 「かあさん」12%
- 「ママ」8%
- 「おふくろ」7%
- 「おかん」5%
- 「おかあちゃん」4%
という結果が出ています。
さらに、回答者の49%が「これまでに母親の呼び方を変えたことがある」と答えています。
呼び方を変えた理由では、「以前の呼び方が子どもっぽく感じられたから」という回答が多く見られました。
幼いころは「ママ」、成長すると「お母さん」、さらに大人になり、家族以外の人に母親について話すときは「母」。
日本語では、一人の母親に対する呼び方が、子どもの成長や場面によって自然に変化していくことがあります。
「母」「お母さん」「ママ」「母上」はどう使い分ければいい?
現代での使い分けを簡単に整理すると、次のようになります。
自分の母親に直接呼びかける
「お母さん」「ママ」が一般的です。
家庭によっては「母さん」「かあちゃん」「おかん」など、さまざまな呼び方があります。
会社や改まった場で自分の母について話す
基本的には「母」を使います。
「私のお母さんが……」より、「私の母が……」の方が改まった言い方です。
他人の母親について話す
「お母さん」が一般的です。
たとえば、「○○さんのお母さん」という言い方です。
子ども同士や保護者同士では、「○○ちゃんのママ」のように「ママ」を使うこともあります。
「母上」を使う
現代の日常会話ではかなり大げさに聞こえます。
ただし、家族内の冗談として使ったり、歴史作品やファンタジー作品のセリフとして使ったりする場合は、現在でも自然に成立します。
「呼びかけ」と「言及」で考えると違いがわかりやすい
「母」「お母さん」「ママ」「母上」の違いは、「丁寧さ」だけで考えるとわかりにくくなります。
むしろ、
誰に向かって使っている言葉なのか
で考えると整理しやすくなります。
| 場面 | 自然な呼び方 |
|---|---|
| 自分の母親へ呼びかける | お母さん、ママ、母さんなど |
| 他人に自分の母親のことを話す | 母 |
| 他人の母親について話す | お母さん |
| 子どもの保護者として話す | ママ |
| 歴史的・格式ある表現 | 母上 |
この違いを理解しておけば、「どれが一番フォーマルなのか」と一列に並べる必要がないことがわかります。
一人の「母」に、生涯でいくつもの呼び名が生まれる
ここまでの歴史を一人の人間の成長に重ねると、日本語の母親呼称の面白さがよくわかります。
幼いころは「ママ」。
成長すると「お母さん」。
大人になり、職場や公的な場で自分の親について話すときは「母」。
そして時代劇や小説の世界では、1000年以上前から存在する「母上」が今でも現役です。
これらは、古い言葉が新しい言葉に単純に置き換わった結果ではありません。
異なる時代、異なる社会、異なる場面から生まれた呼び方が、それぞれ役割を変えながら現在の日本語の中に共存しています。
日本語では、母親という一人の人物に対して、相手との距離、年齢、家庭、社会的な場面によって呼び名を切り替えているのです。
よくある質問
「母上」は今使ったら間違いですか?
間違いではありません。ただし、現代の日常会話ではかなり古風で大げさに聞こえます。家族内の冗談や、歴史・ファンタジー作品などでは現在も使われています。
「母」と「お母さん」はどう使い分ける?
自分の母親に直接呼びかける場合は「お母さん」、会社などで自分の母について他人に話す場合は「母」が基本です。他人の母について話す場合は「○○さんのお母さん」のように言います。
「母」は謙譲語ですか?
「母」そのものは謙譲語ではありません。改まった場で、自分側の家族について外部の人に話す際に敬称を付けず「母」と呼ぶのが一般的です。
「お母さん」はいつから使われている?
「おかあさん」は江戸時代後期には確認されています。ただし当時は全国共通ではなく、「かかさん」「おっかさん」「おっかあ」など、地域や階層によってさまざまな呼び方が使われていました。
1903年に国定教科書へ採用されたことが、全国への普及を後押ししました。
「ママ」は戦後に日本へ入ってきた言葉ですか?
いいえ。明治時代後半には、欧米文化の影響を受けた一部の家庭で「パパ」「ママ」という呼び方が使われていました。その後、戦後になってさらに広く一般家庭へ普及しました。
子どもの「ママ」呼びは何歳まで?
決まった年齢はありません。家庭によって成人後も「ママ」と呼ぶ人がいる一方、成長の途中で「お母さん」「母さん」などに変える人もいます。アンケートでも、「子どもっぽく感じるようになった」ことをきっかけに呼び方を変えた人が多く見られます。
まとめ
「母」「ママ」「お母さん」「母上」は、同じ母親を指す言葉ですが、それぞれ役割も歴史も異なります。
「母」は奈良時代以前から確認でき、現代では主に自分の母について外部の人に話すときに使われます。
「母上」は『源氏物語』にも登場する1000年以上の歴史を持つ敬称で、現在では歴史作品やファンタジー作品などに多く残っています。
「お母さん」は江戸時代後期には使われていましたが、1903年の国定教科書への採用をきっかけに全国へ広がりました。
「ママ」も戦後に突然生まれた言葉ではなく、明治時代後半には一部の家庭ですでに使われています。
つまり、この4語は「古い言葉から新しい言葉へ」と単純に入れ替わったものではありません。
「本人に呼びかけるのか」「他人に母親について話すのか」「どんな時代や場面なのか」によって、それぞれが異なる役割を持ちながら現代まで生き残っているのです。
普段何気なく使っている「お母さん」や「ママ」という一言にも、実は日本社会や家族のあり方が変化してきた長い歴史が刻まれています。
また、当サイトでは下記のテーマでも作成しております。
もし気になったものがあったらぜひチェックしてみてくださいね。
- 「嫁」と「奥さん」と「家内」と「妻」
- 「亭主」と「夫」と「旦那」と「婿」
- 「パパ」と「お父さん」と「父上」
- 「母」と「垂乳女」と「慈母」と「母者人」
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- 「子孫」と「末裔」
- 「宗家」と「本家」と「家元」
- 「本家」と「分家」
- 「直系」と「嫡流」
- 「お父さん」と「お義父さん」
- 「親族」と「親類」と「親戚」と「身内」
■参考資料
- 文化庁「敬語の指針」
- 小学館『日本国語大辞典』「母」「母上」
- JapanKnowledge「日本語、どうでしょう?」
- ベネッセ教育情報サイト「パパ・ママ/お父さん・お母さん」に関する調査
- カクヤス「母親の呼び方」に関するアンケート調査
