
「意思」は、心の中にある考えや思いそのものを指す言葉です。
それに対して「意志」は、その考えを実現しようと心を前へ押し出す力のほうを指しています。
「意志が強い」「意志が弱い」というように、心の強さを表すときによく使われるのが特徴です。
まずは結論:「意思」は考えの中身、「意志」は前へ進む力
| 意思 | 意志 | |
|---|---|---|
| ひとことで | 考え・思いの中身 | やり遂げようとする心の力 |
| 行動への積極性 | 問わない(中身があればよい) | ある |
| 強い・弱いと言える? | 「強い意思」とも言うが、重点は考えの中身 | 「意志が強い」「意志薄弱」など、心の強さを表しやすい |
| よく使う言葉 | 意思表示・意思疎通・意思決定・意思能力 | 意志が固い・意志を貫く・意志力・意志薄弱 |
| 主に使われる分野 | 法律・契約・医療・ビジネス | 哲学・心理学・国語の文法 |
| 英語にすると | intention(心づもり)、mind、wish | will |
急いでいる人は、この表だけで日常の使い分けには困りません。
ただ、この2語の裏側には、法律の条文に紛れ込んだ「意志」や、辞書が「どちらでもよい」と認めている言葉など、表には収まりきらない話がいくつも眠っています。
ここから先は、その“1分の先”をのぞいていきましょう。
東大を目指す人で考える、いちばん簡単な見分け方
「思う」で止まるか、「志す」まで進むか

たとえば、あなたが「東大に入りたい」と考えたとします。
この「入りたい」という考えそのものが「意思」で、まだ何も行動していなくても、心の中にあればそれで十分に意思と呼べます。
その考えが「何としても合格してやる」という決意に変わったとき、同じ思いは「意志」と呼ばれるようになります。
まだ参考書を開く前でも、目標を実現しようとする心の力があれば、それはもう意志なんです。
その決意を毎朝の勉強や模試の復習に変えて続けている人を見ると、「あの人は意志が強い」と言いたくなりますよね。
そう言えるのは、そこに目標へ向かう“志(こころざし)”が含まれているからです。
一方の「意思」は、「彼らの意思を尊重する」「意思の疎通をはかる」のように、誰かが何を考え、何を望んでいるかという中身を表します。
行動に移さないからダメだ、というネガティブな意味は少しもありません。
漢字の中にヒントが入っている
この違いは、漢字を分解するともっとはっきりします。
デジタル大辞泉の漢字項目では、「志」は心がある目標をめざして動くことを表すと説明されていて、まさに「前へ進む心」の字なんです。
「思」のほうは、上半分が田んぼの「田」に見えますが、もとは頭のてっぺん(赤ちゃんのやわらかい「ひよめき」)を描いた「囟(しん)」という形でした。
後漢の字書『説文解字』では音を表す部分とされていますが、頭と心をあわせて「考える」字と説明されることも多く、こちらは「頭の中で考えている状態」に近い字だといえます。
毎日のように書いている字の中に頭のてっぺんが隠れていると思うと、少しぞくっとしますね。
迷ったら「強い」をつけてみる
実際に文章を書いていて迷ったときは、「強い」「固い」「貫く」をくっつけてみるのが手っ取り早い方法です。
これらがしっくりくるなら「意志」で、「確認する」「尊重する」「伝える」のほうが自然なら「意思」を選べば、たいていは外しません。
ただ「強い意思を示す」という書き方もあるので、絶対の判別法ではなく、迷ったときの目安くらいに考えておいてください。
臓器提供カードに「提供しない意思」の欄がある理由
「意思」が強さを問わない“中身の入れ物”だということは、臓器提供意思表示カードを見るとよくわかります。
厚生労働省は、臓器を「提供する」「提供しない」のどちらであっても意思表示をしてほしいという考えで普及を進めています。
そのためカードだけでなく、運転免許証やマイナンバーカードの意思表示欄でも、どちらの意思も示せる形になっているんです。
2010年にカードの様式を見直したときには、「カードを持たないこと自体が提供しない意思なのだから、『提供しない』の欄は不要では」という意見も寄せられました。
それでも厚労省は、提供する意思と提供しない意思のどちらも表示できる統一された様式が望ましいと答えています。
「しない」という選択も立派な中身として扱える点こそ、「意思」という言葉の性格そのものなんです。
法律が「意思」を選び続けるわけ
民法も刑法も「意思」で書かれている

法律の条文を開くと、出てくるのはほとんど「意思」です。
民法には2017年(平成29年)の改正で第3条の2が新しく置かれ、意思表示をしたときに意思能力(自分の行為の結果を理解できる力)がなかった人の契約などは無効になると定められました。
刑法第38条も、故意(わざとやったこと)について「罪を犯す意思がない行為は、罰しない」と書いています。
もし犯罪の場面で前向きな響きのある「意志」を使ったら、なんだか犯人を応援しているようで落ち着きませんよね。
法律があえて「意思」を使うのは、そうした響きを避けたいからではないか、というのが筆者のもともとの見立てでした。
ただ、もっと根っこにある理由は、法律が知りたいのが「どれだけ強く思ったか」ではなく「心の中に何があったか」だという点にあります。
参議院法制局が紹介している『有斐閣 法律用語辞典』では、「意思」は心に思い浮かべている内容一般を指すと説明されています。
行動と結びつく積極性をもつ「意志」のほうは、主に哲学や心理学の言葉で、法律用語としては一般に使われないそうです。
契約したつもりがあったか、わざとだったかを判断するには、強さよりも中身を見る言葉が必要だったわけです。
例外として紹介されている暴力団対策法28条
ところが、その法律の世界にも「意志」を使った条文があります。
参議院法制局のコラムが取り上げているのは「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(平成3年法律第77号)です。
その第28条は、公安委員会が「暴力団から離脱する意志を有する者」を援護する措置を定めています。
おもしろいのは、同じ法律の第26条では、少年への入れ墨の強要について「保護者の意思に反している」と、ちゃんと「意思」を使っていることです。
どちらも1993年(平成5年)の改正で入った規定なので、同じ時期に同じ法律の中で、二つの「いし」が書き分けられたことになります。
「意志」が選ばれた理由を想像してみる
コラムの執筆者も、使い分けの理由をはっきり説明した資料は見つけられなかったと書いています。
ただ、当時の国会(1993年4月6日の衆議院地方行政委員会)で警察庁の担当部長が、「真に暴力団を離脱したい」人への援護が重要だと述べていたことから、何らかの意図があったのかもしれない、とされています。
ここからは筆者の想像ですが、組を抜けることは、ぼんやり「抜けたい」と思うだけでは済まない決断です。
報復の不安を抱えながら、それでも足を洗おうとする人の背中を押す条文だからこそ、行動へ向かう力を表す「意志」がふさわしいと考えた人がいたのではないか、と思えてなりません。
辞書が「どちらでもいい」と認める言葉もある
「意志表示」「意志の疎通」は誤りではない

ここまで読むと、「意思疎通」「意思表示」は絶対に「意思」と書くもの、と思うかもしれません。
ところがデジタル大辞泉の用法解説では、「意志(意思)の疎通を欠く」「意志(意思)表示」のように両方を並べたうえで、積極的な気持ちを表す場合には「意志」が選ばれることが多いと書かれています。
つまり日常の文章なら、「こちらから強く伝えたい」という気持ちを込めて「意志表示」と書くのは間違いではないんです。
ただし契約書や役所への書類のように、民法の「意思表示」という法律用語として使う場面では「意思」に統一しておくのが安全です。
法律の「意思」が心理学にまで流れ込んだ
さらに裏側をのぞくと、「意思」という書き方そのものが法律から広がった可能性も見えてきます。
『最新 心理学事典』の「意志」の項目によると、法律用語として責任能力を示す「意思」が取り入れられ、それが一般にも浸透して「意志」と混ざって使われるようになりました。
その流れは、心理学の世界にまで及んだと解説されています。
同じ項目は、混乱を避けるための線引きも示しています。
気持ちや衝動を抑えて目標をやり遂げる働きを「意志」(英語の will や volition)、情報をもとに合理的に目標を選ぶ働きを「意思」(intention)と呼び分けよう、という案です。
専門家でさえ「そろそろきちんと分けませんか」と提案している言葉なのですから、私たちが迷うのはむしろ当然だと感じます。
ちなみに、哲学や国語の授業でも「意志」の出番は多めです。
人間の心を知識・感情・意志の三つに分ける「知情意」という考え方がありますし、文法では「行く」「書く」のように自分の考えでできる動作を表す動詞を「意志動詞」と呼びます。
海を渡ると「意思」は“面白い”になる
同じ漢字を使う中国語では、「意思(yìsi)」はもっと気軽な言葉です。
中国語の「意思」は「意味」や「考え」を表すほか、「有意思」で「面白い」、「没意思」で「つまらない」、「不好意思」で「すみません」「照れくさい」という意味になります。
さらに「意思意思」と重ねると、「ほんの気持ちです」と贈り物を差し出すときの決まり文句になります。
日本では契約や刑罰を左右する重たい法律用語になった二文字が、海の向こうでは「ちょっとしたお礼」や「面白いね」に使われているのですから、言葉の旅路は本当にわからないものです。
なお、中国語で日本語の「意志」にあたる「強い心の力」を表すときは、そのまま「意志(yìzhì)」が使われます。
例文で最終チェック

最後に、空欄にどちらが入るかを確かめてみましょう。
| 例文 | 入る言葉 | 理由 |
|---|---|---|
| 進路は本人の( )を尊重して決める | 意思 | 考えの中身を大切にする場面 |
| ( )が強いので三日坊主にならない | 意志 | 「強い」がつく、やり遂げる力 |
| 退会する( )を書面で表示する | 意思 | 法律用語の「意思表示」 |
| 鉄の( )で禁煙を続ける | 意志 | 誘惑に負けずに貫く力 |
| チーム内の( )疎通がうまくいかない | 意思 | 一般的な書き方(「意志」も誤りではない) |
| 亡き師の( )を継いで店を守る | 遺志 | 亡くなった人が生前に抱いていた志 |
最後の一問はひっかけで、故人が生前に抱いていた志や願いを受け継ぐときは、「意思」でも「意志」でもなく「遺志」と書きます。
読み方は同じ「いし」なのに、「遺」の一文字が加わるだけで、その人がもういないことまで伝わってくるのは、日本語らしい細やかさですね。
まとめ:「中身」を見るなら意思、「力」を見るなら意志
「意思」は心の中にある考えの中身で、するか・しないかの選択も含めて、そのまま受け止める言葉です。
「意志」はその考えを実現へ押し出す心の力で、だからこそ「強い」「弱い」「貫く」と一緒に使われます。
法律が中身を問う「意思」を多く使っているのも、暴力団対策法が離脱する人について「意志」と書いているのも、この違いから眺めると自然に見えてきます。
後者が意図して書き分けられたのかは今もはっきりしていませんが、条文の中にまで二つの「いし」が並んでいるというのは、なかなか面白い話ではないでしょうか。
次に「いし」と打ち込んで変換候補が並んだときは、自分が伝えたいのが考えの中身なのか、それとも前へ進む力なのかを、ほんの一瞬だけ思い浮かべてみてください。
■参考資料
- デジタル大辞泉「意志」「志」(小学館/コトバンク)
- 『最新 心理学事典』「意志」(平凡社/コトバンク、宇津木成介 執筆)
- 参議院法制局「法律の[窓]『意思』と『意志』について」
- 民法第3条の2、刑法第38条
- 厚生労働省「臓器移植に係る厚生労働省の取組等」、「臓器提供意思表示カードの様式見直し(案)」意見募集の結果(2010年)
