「怖い」と「恐い」の違いを1分で解説|「主観・客観」の使い分けは、辞書では別の言葉の話でした

暗闇で突然なにかが動いたとき、口から出るのは「こわっ」のひと言で、それを「怖い」と「恐い」のどちらで書くかなんて考える余裕はまずありませんよね。

けれど文章にする段になると手が止まる人は多いので、最初の表だけで1分あれば要点がつかめるようにまとめました。

結論:意味は同じ。迷ったら「怖い」で間違いありません

「怖い」と「恐い」は、読みも意味もまったく同じ言葉です。

違うのは、国が示している漢字の目安「常用漢字表」に「こわい」という読みが載っているかどうかだけで、載っているのは「怖」のほうなんです。

怖い 恐い
読み こわい こわい
意味 同じ 同じ
常用漢字表での「こわい」の読み あり なし(表外の読み)
学校・会社・ニュースなどの文章 基本はこちら 避けるのが無難
日記・SNS・小説など ○ ○(間違いではない)
よく混同される別の言葉 ― 「恐ろしい」(こちらは常用漢字表に読みあり)

表のいちばん下に「恐ろしい」を入れたのには理由があり、ネットでよく見かける「主観なら怖い、客観なら恐い」という使い分けは、じつはこの「恐ろしい」との比較が元になっています。

そのからくりと、「こわい」という言葉が持つ意外な前歴を、ここから順番にほどいていきます。

「怖い」と「恐い」は、どこまで同じなのか

国語辞典は二つの字をひとつの見出しにまとめています

小学館の『デジタル大辞泉』を引くと、「こわい」は【怖い/恐い】という一つの見出しで載っていて、意味の説明も一つしかありません。

危害を加えられそうで近づきたくない、悪い結果が出そうで避けたい、不思議な力がありそうで不気味だ、という三つの意味は、どちらの字で書いても共通です。

辞書の世界での二つは、同じ言葉に着せる服が二着あるような関係だと考えるとわかりやすいと思います。

服を替えても、中にいる「こわい」という言葉は同じ人物なんです。

常用漢字表で「こわい」と読めるのは「怖」だけ

違いが出てくるのは、2010年に内閣告示された現行の「常用漢字表」です。

この表は、法令や公用文書、新聞、雑誌、放送などで漢字を使うときの目安で、どの字をどう読むかまで決めてあります。

表を確かめると、「怖」には音読みの「フ」と訓読みの「こわい」が載っていて、例として「怖い」「怖がる」が挙がっています。

いっぽう「恐」の読みは「キョウ」「おそれる」「おそろしい」の三つで、「こわい」はどこにもありません。

「恐い」は誤りではなく「表外の読み」です

だからといって、「恐い」が間違いになるわけではありません。

常用漢字表の前書きには、この表は個々人の表記にまで及ぼそうとするものではない、という趣旨がはっきり書かれています。

『デジタル大辞泉』も、「恐」の前に表外の読みであることを示す「▽」の印を付けたうえで、【怖い/▽恐い】とちゃんと見出しに並べています。

友だちへのメッセージや日記、小説で「恐い」と書くのは自由です。

ただ、作文や会社の書類、ニュース原稿のように目安に沿うのが当たり前の場では、「怖い」を選んでおくのがいちばん安全、というわけです。

じつは二つの字は「恐怖」で手を組んでいる

常用漢字表を眺めていて筆者がいちばん「おっ」と思ったのは、「怖」の音読みの例でした。「フ」と読む例として挙がっている熟語は、「恐怖」ただ一つなんです。

訓読みでは「こわい」の座を争うライバルに見える二文字が、音読みの世界では「恐怖」というコンビを組んでいるわけで、これだけ仲がよければ意味に差がないのも当然だという気がしてきます。

「主観なら怖い、客観なら恐い」説はどこから来たのか

「怖い 恐い 違い」と検索すると、「怖いは主観的、恐いは客観的」という説明をよく見かけます。

ところが辞書をたどり直すと、この説が本来指していたのは少し別の組み合わせでした。

辞書が比べていたのは「こわい」と「おそろしい」

この説を考えるうえで手がかりになるのが、『デジタル大辞泉』の「恐ろしい」の項にある[用法]欄です。

そこでは「草原で恐ろしい毒蛇にあい、怖かった」という例文を挙げ、「恐ろしい」は対象の危険性をより客観的に表し、「怖い」は主観的な恐怖感を示す、と説明しています。

ここで比べられているのは「怖い」と「恐い」という二つの漢字ではなく、「こわい」と「おそろしい」という別々の言葉です。

「恐ろしい」の「恐」と「恐い」の「恐」が同じ字なので、そこから「恐い=客観」という説明が生まれた可能性はありますが、どこで話が入れ替わったのかまでは確かめようがありません。

まるで伝言ゲームのような話ですが、少なくとも辞書が比べているのは、漢字ではなく二つの言葉なんです。

雷雨のニュースで考えると、違いがよく見えます

この「こわい」と「おそろしい」の違いは、雷雨の場面に置き換えるとぐっとつかみやすくなります。

夜中に激しい雷雨があり、翌朝のニュースでキャスターが「2時間にわたって落雷が続く、恐ろしい雷雨でした」と伝えたとしましょう。

キャスターは被害を外から伝える立場なので、雷雨そのものの危険さを言い表す「恐ろしい」がしっくりきます。

いっぽう、その雷雨のまっただ中で稲光と轟音におびえていた人が友だちに話すなら、「ほんとに怖かった」と言うほうが自然ですよね。

自分の身に危害が及ぶかもしれないと感じた気持ちは「こわい」、だれが見ても危ないという対象の性質は「おそろしい」と分けておくと、たいていの場面で迷わなくなります。

「昨日、渋谷で恐ろしい事件が起きた」が報道らしく、「昨日見た夢が怖かった」が日記らしく聞こえるのも、この違いがあるからです。

「怖いほどの人出」と「恐ろしいほどの人出」

同じ[用法]欄には、もう一つおもしろい指摘があります。

「日曜の行楽地は恐ろしいばかりの人出だ」のように「恐ろしい」は単に程度がすごいという意味でも使えますが、これを「怖いほどの人出」にすると、自分に危険が及びそうだという主観的な表現に変わる、というのです。

混雑ぶりの大きさを伝えるなら「恐ろしい」、押しつぶされそうな身の危険を伝えるなら「怖い」になります。

同じ人混みを前にしても、言葉ひとつで語り手が立っている場所まで変わってしまうところに、日本語の芸の細かさを感じます。

「恐ろしい」も、はじめは主観の言葉でした

「恐ろしい」が客観寄りの言葉になったのは、じつは後の時代のことです。

『日本国語大辞典』の語誌によると、『竹取物語』のころの「おそろし」は対象への主観的な恐怖を表していて、中世以降に「客観的に見ても恐ろしい状態」も示すようになりました。

さらに江戸時代以降は、「恐ろしく寒い」のように「ものすごく」と程度を強める使い方も広がっていきます。

心の中の震えを表していた言葉が、だんだん外の世界の大きさを測る物差しにもなっていった、という流れです。

「こわい」は、もともと「強い」でした

『デジタル大辞泉』も『日本国語大辞典』も、「怖い」は「強い(こわい)」と同じ語源だと書いています。

古語の「こはし」は、最初から恐怖を表していたわけではなく、「力が強い」「かたい」「強情だ」という意味の言葉でした。

『竹取物語』では、「こはし」は強情、怖さは「おそろし」

平安時代の『竹取物語』にも「こはし」は出てきますが、意味は「強情だ」です。

帝の使いに会おうとしないかぐや姫について「こはく侍る物にて」と語られるのは、言うことを聞かない頑固な子で困っている、という嘆きなんです。

そして、同じ『竹取物語』の中で怖さを表しているのは「おそろし」のほうでした。

少なくともこの物語の中では、恐怖の言葉の主役は「おそろし」で、「こはし」は怖さとは別の顔をしていたことになります。

日本書紀の力自慢も「こはし」と読まれていた

『日本書紀』垂仁天皇7年の条には、当麻蹶速(たいまのけはや)という力自慢の男が登場し、相撲の起源として語られる野見宿禰(のみのすくね)との力比べの場面につながっていきます。

室町時代の写本に付けられた読み方では、この男の「強」い力が「こはく」と読まれていて、ここでも「こはし」は「強い」の意味です。

相撲の始まりとして語られる場面に、のちの「こわい」の祖先が「強い」という顔で出てくるのは、なかなか味わい深い巡り合わせだと思います。

恐怖の「こわい」は、古い辞書や狂言にも登場する

恐怖の意味の「こわい」は、古い辞書『類聚名義抄』の観智院本にも記録されていて、時代が下ると文学作品の中にも用例が見られるようになります。

『日本国語大辞典』が用例として挙げる狂言『花子(はなご)』には、「山の神がこはいか、身共がこはいか」というせりふがあり、この「山の神」は妻を指す言葉です。

強い相手を前にすると身がすくむので、「あいつは強い」が「あいつはこわい」へと横すべりしていったと考えると、筋が通ります。

『日本国語大辞典』が「怖い」の意味を「強い相手や危害を加えられそうなもの」に対して身を退けたくなる感じ、と説明し始めているのも、その名残のように見えるんです。

「手ごわい」「こわばる」「こわもて」に残る昔の意味

「こわい」の古い意味は、今も身近な言葉の中に生きています。

「手ごわい」「こわばる」「こわもて」はどれも「強い・かたい」を引き継いだ言葉で、『デジタル大辞泉』には、かたく炊けたご飯を「こわい御飯」と言う例まで載っています。

おもしろいのは「こわもて」で、ふつうは「強面」と書きますが、『デジタル大辞泉』の「恐」の項には「恐持(こわもて)」という難読の書き方も紹介されています。

ただし、こちらは恐れられることでかえって優遇されるという、現在の「強面」とは違う意味の言葉です。

同じ「こわもて」という音でも、意味の違う言葉があるんですね。

北海道の「こわい」は、怖くない

「強い」から「怖い」へと意味を移した「こわい」ですが、地域によってはまったく別の道もたどってきました。

東の「おっかない」、西の「こわい」

『日本国語大辞典』の語誌は、国立国語研究所の『日本言語地図』をもとに、「おそろしい」にあたる言い方が東日本の「おっかない」類と西日本の「こわい」類・「おそろしい」類に分かれると紹介しています。

西日本の中でも関西が「こわい」の中心で、その外側に「おそろしい」、九州東部には「えずい」「おぞい」が広がっているそうです。

ちなみに関西には「おとろしい」という言い方もあり、『日本国語大辞典』によると「おそろしい」が変化した形で、「うんざりする、めんどうくさい」という意味でも使われます。

「あー、こわい」は「あー、しんどい」

北海道や東北、北関東では、「こわい」が「疲れた・しんどい」という意味で使われます。

Jタウンネットが2014年に行った「体調が悪いとき、地元の言葉で何と言う?」というネットアンケート(全国の回答数3,633人)でも、北海道から北関東にかけて「こわい」が多く選ばれていました。

この意味も、根っこは「強い」のほうにあります。『日本国語大辞典』は「こわい(強)」の意味の一つに「たいぎである、骨が折れる」を挙げ、17世紀初めの『日葡辞書』や、茨城の農村を描いた長塚節の小説『土』の例を載せています。

北海道の「こわい」は、恐怖よりも、古い「強い(こわい)」が持っていた「骨が折れる」「たいぎだ」という意味につながっていると考えると、ずいぶん納得がいきます。

同じ「こわい」が、場所によって恐怖にも疲労にもなるのは不思議ですよね。

迷ったときの「こわい」書き分け早見表

ここまでの話を、実際に書くときの判断に置き換えると次のようになります。

書く場面・伝えたいこと おすすめ 理由
作文・レポート・試験 怖い 常用漢字表に「こわい」の読みがある
会社の書類・メール 怖い 同上
日記・SNS・小説 怖い/恐い(どちらでも可) 個人の表記は自由
自分がおびえた気持ち 怖い 主観的な恐怖を表す
対象そのものの危険さ 恐ろしい 客観的に危険性を表す
「ものすごく」と程度を強める 恐ろしく・恐ろしいほど 程度の強調にも使える

「恐」のほうが字面が重く見えるので、ここぞという場面で「恐い」を選びたくなる気持ちもわかります。

ただ、それは辞書が認めた意味の差ではなく書き手の好みの範囲なので、使うなら私的な文章の中で楽しむのがよさそうです。

まとめ

「怖い」と「恐い」は意味が同じ言葉で、違いは常用漢字表に「こわい」の読みがあるかどうかだけです。

公的な文章では「怖い」、私的な文章ならどちらを使ってもかまいません。

よく言われる「主観・客観」の使い分けは、本当は「こわい」と「おそろしい」という別の言葉の違いでした。

そして「こわい」そのものは、平安時代の『竹取物語』では「強情だ」を意味していて、鎌倉時代の辞書には恐怖の意味も記録され、北海道では今も「疲れた」という顔を残しています。

漢字二つの違いを調べていたら、一つの言葉が千年以上かけて歩いてきた道のりに出くわした、というのがこのテーマのいちばんの面白さだと感じています。