
ゲームや漫画には「サタン」も「デビル」も「デーモン」も出てきますが、日本語に直すとどれも「悪魔」になってしまいます。
同じ意味なら、なぜ呼び名が4つもあるのか、不思議に思ったことはないでしょうか。
調べていくと、この4つは生まれた場所も、もとの意味もばらばらでした。
しかも、どれひとつとして最初から「悪の親玉」を指す言葉ではなかったんです。
ヘブライ語、ギリシャ語、インドの言葉がそれぞれ別の道をたどり、宗教の考え方の変化と翻訳の積み重ねの中で意味を変えて、最後に日本語の「悪魔」という一語に流れこんだ、というのが実際の姿に近いと思います。
この記事では、4つの言葉を「翻訳の旅」として順番にたどります。先に結論だけ知りたい方は、すぐ下の表をご覧ください。
まずは結論、4つの言葉の早見表
| 言葉 | 生まれた言語 | もとの意味 | 今の主な意味 |
|---|---|---|---|
| サタン | ヘブライ語 | 敵対する者、訴える者 | 神に逆らう悪の頭(固有名詞) |
| デビル | ギリシャ語 | 中傷する者 | サタンの別名。広く「悪魔」全般にも |
| デーモン | ギリシャ語 | 善悪を問わない霊的な存在(守り神にもなる) | 悪霊。サタンの手下たち |
| 悪魔 | 仏教語(「魔」はインドの言葉マーラの音写) | 命を奪い、修行をじゃまする者 | 日常の日本語では、上の3つを広く指す言葉 |
今のキリスト教での使い方にしぼってざっくり言えば、サタンは「ひとりの名前」、デーモンは「大勢いる悪霊」、デビルは「サタンの別名であり、悪魔全般にも使える広い言葉」です。
そして日本語の「悪魔」は、仏教から借りてきた入れ物に、この3つをまとめて入れた言葉ということになります。
ここから先は、なぜそうなったのかを言葉ごとに見ていきます。
サタンは、神さまの法廷の「告発役」でした
もとは名前ではなく、ふつうの名詞

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サタンはヘブライ語の「サーターン」から来ていて、もとの意味は「敵対する者」「行く手をふさぐ者」です。
つまり最初は誰かの名前ではなく、「じゃまをする人」くらいのふつうの名詞でした。
それがよくわかるのが、旧約聖書の『民数記』22章です。占い師バラムの行く手に、神の使い(天使)が立ちふさがる場面があり、原文ではこの天使が「サタンとして」道に立ったと書かれています。
天使がサタン役をつとめているわけで、ここでは「妨げる者」という役目の名前にすぎません。
ヨブ記のサタンは、神の許可をもらって動く
有名な『ヨブ記』でも、サタンは神の敵ではありません。
原文では「ハ・サーターン」と、英語のtheにあたる冠詞がついていて、「あの告発役」という肩書きのように書かれています。
彼は神の前の会議に出席し、「ヨブが信心深いのは、恵まれているからにすぎません」と疑いを述べ、神の許しを得てからヨブを試します。
今の感覚でたとえるなら、裁判の検察官に近い立場でしょうか。悪の帝王を想像して読むと肩すかしを食うくらい、きちんと手続きを踏む人物なんです。
同じ事件の「犯人」が、あとの時代に書きかえられた

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サタンがだんだん独立した悪役になっていく様子は、聖書の中の2つの記事を並べるとはっきり見えます。
ダビデ王が人口調査をして神の怒りを買う話で、古いほうの『サムエル記下』24章は、ダビデをそそのかしたのは「主(神)」だと書いています。
ところが、同じ出来事をあとの時代に書き直した『歴代誌上』21章では、そそのかしたのは「サタン」に変わっているのです。
神が悪いことをさせるのはおかしい、と後の時代の人が感じたのかもしれません。
私はこの書きかえを知ったとき、サタンという存在は、神さまの「悪役の部分」を引き受けるために育っていったのではないか、と感じました。
新約聖書の時代になると、サタンは神の国に敵対する悪の頭として、はっきり固有名詞になります。
それでも古い意味は残っていて、イエスが弟子のペトロを「サタン、引き下がれ」としかる場面(マタイによる福音書16章)には、「じゃまをする者」という古い意味を重ねて読むこともできます。
サタンとサターンは、まったくの別物
よく混同されるのが「サターン(Saturn)」ですが、こちらはローマ神話の農耕の神サトゥルヌスのことで、土星や土曜日(Saturday)の語源になった言葉です。
ヘブライ語生まれのサタン(Satan)とは、つづりも由来も関係がありません。カタカナにすると一文字ちがいなので、取りちがえやすいんですよね。
デビルは、サタンを訳すために選ばれた言葉です
「中傷する者」というギリシャ語

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紀元前3世紀ごろから、ヘブライ語の聖書はギリシャ語に翻訳されていきました。
これを『七十人訳聖書』といい、ヨブ記の「ハ・サーターン」には「ディアボロス」というギリシャ語があてられました。
ディアボロスは「中傷する」「訴える」という動詞からできた言葉で、「中傷する者」「告発する者」という意味です。
4つの中でこの言葉だけは、最初からかなり印象の悪い言葉でした。告発役のサタンを訳すのにぴったりだと、翻訳者は考えたのでしょう。
このディアボロスがラテン語のディアボルスになり、英語のデビル(devil)、フランス語のディアーブル、スペイン語のディアブロへと枝分かれしていきました。
ですから、デビルとサタンは、もとをたどれば同じ存在を指す「訳語」と「原語」の関係にあります。
新約聖書でも「悪魔(ディアボロス)とかサタンとか呼ばれるもの」と、2つを並べて同じ者だと説明している箇所があります(ヨハネの黙示録12章)。
聖書には「人間のデビル」も出てくる
もとが「中傷する者」という言葉なので、新約聖書の原文では、ディアボロスが人間に対しても使われています。
たとえば『テモテへの手紙一』3章には、教会で働く女性は「中傷しない人」であるべきだと書かれていますが、この「中傷する」の部分が、原文ではディアボロスの複数形です。
うわさ話で人を傷つける人は、言葉のうえでは文字どおり「デビル」だったわけです。
SNSの時代に読むと、二千年前の言葉がずいぶん身近に感じられます。
英語の「デビル」は、手下の悪霊まで指せる
英語のdevilは、古い時代の英語のころから、サタン本人だけでなく手下の悪霊を指すのにも使われてきました。
1611年に出た英語の『欽定訳聖書』もこの使い方を引きついでいて、次に説明する「ダイモニオン(悪霊)」という別の言葉まで、devilsと訳しています。
そのため英語では、特に the Devil といえばサタンを指し、a devil / devils はより広く悪霊を指すことがあります。
4つの中でデビルの守備範囲がいちばん広いのは、こうした長い使われ方の結果です。
デーモンは、ギリシャでは「守り神」にもなる霊でした
ソクラテスを止めた「ダイモニオン」

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デーモンのもとは、ギリシャ語の「ダイモーン」です。
古代ギリシャでは、人間をこえた霊的な存在を広く指す言葉で、良いものにも悪いものにも使われ、悪い意味に限られてはいませんでした。
詩人ヘシオドスは、大昔の「黄金の時代」の人々が死後にダイモーンとなり、人間を見守っていると歌っています。
哲学者ソクラテスも、自分には子どものころから「ダイモニオン」と呼ぶ神的なしるしがあり、それが声のように現れて、してはいけないことを止めてくれると語りました(プラトン『ソクラテスの弁明』)。
さらに、ギリシャ語で「幸福」を意味するエウダイモニアは、成り立ちを直訳すれば「良いダイモーンがついている」という言葉です。
幸せの語源にデーモンが入っているなんて、今のイメージからは想像しにくいですよね。
聖書のギリシャ語訳で、「よその神々」と結びついた
ダイモーンが悪霊へ傾いていく大きなきっかけのひとつも、やはり聖書の翻訳でした。七十人訳聖書の『詩編』には、「諸国の民の神々はみなダイモニアである」と訳された一節があります(七十人訳で95編5節、今の聖書では96編5節)。
ヘブライ語の原文は「偶像」「値打ちのない神々」といった意味の言葉だったのですが、ギリシャ語訳ではよその国の神々が「ダイモーンのたぐい」とされました。
唯一の神を信じる立場からは、ほかの宗教の神や霊が、人を惑わすものとして否定的に描かれやすくなります。
こうした流れが長い時間をかけて積み重なり、新約聖書の時代には、ダイモニオンは人に取りついて病気や苦しみを起こす「悪霊」として描かれるようになりました。
よその神さまと結びつけられるうちに、言葉そのものが悪者になっていったのです。
デーモンは、宗教どうしの競争に負けた側の言葉なのだと、私は思います。
パソコンの「デーモン」は、悪霊という意味ではない

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じつは、悪霊の意味をまとっていないデーモンが、意外な場所で生き残っています。
UnixやLinuxというコンピューターの仕組みでは、裏側でずっと動きつづけて雑用をこなすプログラムを「デーモン(daemon)」と呼びます。
メールの配送に失敗したときに返ってくる「MAILER-DAEMON」というメールを見たことがある人もいるでしょう。
この名前は、1960年代前半にアメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)のコンピューター開発の現場で使われはじめたとされ、物理学の「マクスウェルの悪魔」から取られたと当事者が語っています。
マクスウェルの悪魔とは、分子を一つひとつ見分けて、休まずドアを開け閉めする空想上の小さな存在のことです。
コンピューター用語としては、古いつづりのdaemonが定着しました。
人に見えないところで黙々と働いてくれる姿は、ヘシオドスが歌った見守り役のダイモーンにそっくりだと、私は思います。
「悪魔」は、仏教から借りた入れ物です
「魔」はインドの言葉の当て字

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ここでようやく日本語の番です。
「悪魔」はもともと仏教の言葉で、「魔」という字は、古代インドの言葉「マーラ」の音を漢字で写した「魔羅」を縮めたものです。
マーラには「殺す者」という意味があり、命を奪い、善い行いをさまたげる存在とされます。仏教の物語では、お釈迦さまが悟りを開こうとしたときに、誘惑したり脅したりしてじゃまをした存在として登場します。
つまり仏教の悪魔は、はっきり悪い存在ではあるものの、世界を滅ぼす敵というより、修行する人の心を乱す「じゃま者」でした。
「妨げる者」という意味では、最初のころのサタンとよく似ているのが面白いところです。
なお「魔」という漢字そのものについては、音を写すためにあとから作られた字だという説明が、漢字辞典などでされています。
聖書の日本語訳での使い分け
明治時代に聖書が日本語に訳されるとき、ディアボロスの訳語として選ばれたのが、この仏教語の「悪魔」でした。
現在よく読まれている『新共同訳聖書』などでは、原文の3つの言葉がおおむね次のように訳し分けられています。
- サタナス(サタン)→ そのまま「サタン」
- ディアボロス(デビル)→「悪魔」
- ダイモニオン(デーモン)→「悪霊」
聖書の中ではきちんと区別されているのに、日常の日本語ではデーモンもデビルも「悪魔」と訳されるので、ちがいが見えにくくなっているわけです。
ヘブライ語やギリシャ語で伝えられてきた概念を、日本ではもともと仏教で使われていた『悪魔』という言葉で受けとめたのですから、この二文字には複数の言語と宗教文化の歴史が重なっています。
ルシファーは、4つのどれとも別の道から来ました

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サタンと同じ者とされることの多い「ルシファー」も、出発点は悪魔ではありませんでした。
ルシファーはラテン語で「光を運ぶ者」という意味で、夜明け前に輝く金星、つまり「明けの明星」を指すふつうの言葉です。
旧約聖書の『イザヤ書』14章に、「明けの明星よ、おまえは天から落ちた」という一節があります。
前後を読むと、これはおごり高ぶったバビロンの王をからかう歌なのですが、ラテン語訳聖書がこの「明けの明星」をルシファーと訳しました。
のちのキリスト教徒が、この「天から落ちた星」をサタンの堕落の物語と結びつけて読んだことで、ルシファーは堕天使の名前になっていきました。
その証拠に、同じラテン語訳聖書の『ペトロの手紙二』1章では、信じる人の心にのぼる明るい星として、
ルシファーが良い意味で使われています。
4世紀にはルシファーという名前の司教までいました。悪魔の名前になる前は、子どもに付けてもおかしくない、きれいな言葉だったんですね。
なぜ、どの言葉も悪者にされていったのか

4つの言葉をたどってきて気づくのは、今は「悪魔」のひと言にまとめられているものが、最初から同じ存在だったわけではない、ということです。
告発役のサタン、中傷する者ディアボロス、善悪を問わない霊ダイモーン、修行をさまたげるマーラ、そして明けの明星ルシファー。
ディアボロスやマーラのようにはじめから否定的な言葉もありましたが、どれも出発点では、現在の日本語でイメージする「悪魔」と同じ存在ではありません。
それぞれ異なる宗教文化の中で意味を変え、日本語ではやがて「悪魔」という共通のイメージで結びつくようになりました。
神さまが完全に正しい存在であるほど、世の中の不幸や悪を引き受ける誰かが必要になります。
映画でも、悪役が強いほど主人公が輝きますよね。
悪魔という存在は、神さまを絶対的な存在として描くために、物語が必要とした「悪役」だったのではないか、と私は考えています。
もちろんこれは信仰の立場からの説明ではなく、言葉の歴史をながめた筆者の感想です。
まとめ
- サタンは、ヘブライ語で「敵対する者」。旧約聖書の一部では神の会議の告発役のような存在で、のちに悪の頭の名前になりました。
- デビルは、サタンをギリシャ語に訳した「中傷する者(ディアボロス)」が英語になったもの。手下の悪霊まで広く指せます。
- デーモンは、古代ギリシャで善悪を問わない霊的な存在だったダイモーンが、ユダヤ教・キリスト教の流れの中で「悪霊」を指すようになった言葉です。
- 悪魔は仏教語で、「魔」はインドの言葉マーラの音写から来ています。上の3つをまとめて受けとめる日本語の訳語です。
ゲームや漫画で次にこれらの名前を見かけたら、その裏にある翻訳の長い旅を、少しだけ思い出してみてください。
■主な参考資料
- 『聖書 新共同訳』(民数記22章、サムエル記下24章、歴代誌上21章、ヨブ記1〜2章、詩編96編、イザヤ書14章、マタイによる福音書16章、テモテへの手紙一3章、ペトロの手紙二1章、ヨハネの黙示録12章)
- 七十人訳聖書、ウルガタ(ラテン語訳聖書)
- プラトン『ソクラテスの弁明』、ヘシオドス『仕事と日』
- Online Etymology Dictionary(Satan / devil / demon の各項目)
