神社なのに「神宮」「大社」と呼ばれるのはなぜ?4つの呼び方の違いと由来

地図アプリで神社を探していると、「〇〇神社」「〇〇神宮」「〇〇大社」「〇〇宮」と、末尾の呼び方がばらばらなことに気づきます。

神宮や大社と付いていると何となく偉そうに見えるので、「格付けのようなものがあるのかな」と思っていた時期が私にもありました。

ところが調べてみると、この呼び方の違いは、今の神社を上下に並べる「格付け」ではありませんでした。

祀られている神様や由緒、そして「いつ、どんな経緯で今の名前になったのか」を映している、履歴のようなものだったんです。

千年前の帳簿で社名に「神宮」を冠していたのは3社だけだったこと、「大社」を名乗る神社が戦後になって増えたこと、そして出雲大社が自分の名前をどう読ませているか。

この記事では、そうした裏側まで含めて、4つの言葉の違いをたどっていきます。

まず結論:4つの社号のいちばん短い説明

神宮・大社・宮・神社といった呼び方は、まとめて「社号(しゃごう)」と呼ばれます。

全国の神社の多くを束ねる神社本庁は、公式サイトでそれぞれを次のように説明しています。

社号 神社本庁の説明(要約) 例
神宮 「神宮」だけなら伊勢神宮の正式名称。ほかに神宮を名乗れるのは、天皇や皇室の祖先を祀るなど皇室と特にゆかりの深い神社に限られる 明治神宮、平安神宮、鹿島神宮、香取神宮、石上神宮
宮 天皇や皇族を祀る神社、または由緒によって古くからそう呼ばれてきた神社 八幡宮、天満宮、東照宮
大社 本来は出雲大社を指す社号。現在は広く崇敬を集める神社にも使われる 出雲大社、春日大社、諏訪大社
神社 一般の神社に対する社号 全国のほとんどの神社

このほかに「〇〇社」という短い社号もあります。

また、「大明神」「権現」のような呼び名もありますが、神社本庁はこれらを社号とは区別しています。

表を眺めるだけなら、話はここで終わりです。

ただ、この表には「なぜ大社が出雲『だけ』だったのに、今は春日や諏訪も大社なのか」「宮の説明だけ『由緒により』とあいまいなのはなぜか」という疑問が残りますよね。

その答えは、社号が決まってきた歴史の中にあります。

「神宮」とだけ書いてあったら伊勢のこと

伊勢神宮の公式サイトを見ると、「正式には『神宮』といいます」とはっきり書かれています。

内宮(皇大神宮)と外宮(豊受大神宮)を中心に、14の別宮、43の摂社、24の末社、42の所管社を合わせた125の宮社をまとめて「神宮」と呼ぶ、というのが伊勢側の説明です。

つまり「伊勢神宮」という言い方は、他の神宮と区別するための通称に近いものなんです。

地名を付けずに「神宮」と言えば伊勢を指す、という前提が神社の世界にはあり、明治神宮や熱田神宮のような「〇〇神宮」は、皇室との深いゆかりを背景に、明治以降に神宮号を与えられたり、古い神宮号に戻ることを認められたりした神社です。

 

千年前、「神宮」はたった3社しかなかった

『延喜式』神名帳という帳簿

927年(延長5年)に完成した『延喜式』という法令集の中に、「神名帳(じんみょうちょう)」と呼ばれる巻があります。

これは朝廷の祭りで幣帛(へいはく。神に捧げる布や食べ物などのお供え)を受ける神社を国ごとに書き上げた帳簿で、全国2,861社・3,132座(座は祀られている神の数)が並んでいます。

この帳簿に載っている神社を「式内社(しきないしゃ)」と呼び、今でも古い神社の由緒書に誇らしげに書かれる肩書きです。

その2,861社の中で、社名そのものに「神宮」を冠しているのは、伊勢の「大神宮」、常陸の「鹿島神宮」、下総の「香取神宮」の3社だけでした。

伊勢は天皇家の祖先神を祀る場所、鹿島と香取は古代国家の祭りで特に重んじられ、のちに両社の神が奈良の春日へ迎えられて藤原氏の氏神信仰とも深く結びついた神社です。

いずれも当時の国の祭りの中で、特別な位置にあった神社だったことになります。

『日本書紀』では「神宮」だった石上

この3社に入っていない神社の中に、奈良県の石上神宮(いそのかみじんぐう)があります。

『延喜式』より200年以上前に成立した『日本書紀』の垂仁天皇の巻には、皇子が作らせた一千口の剣を「石上神宮」に納めた、という記事があるので、現存する文献の上では、非常に早い時期から「神宮」の名で記録された神社の一つなんです。

ところが『延喜式』神名帳では、石上は「石上坐布都御魂神社(いそのかみにますふつのみたまじんじゃ)」という「神社」の名前で載っています。

しかも名神大社という高い扱いを受けているので、軽んじられていたわけではなく、単に呼び名が違っていたということです。

その後、明治16年(1883年)に神宮号を再び名乗ることが許されました。

同じ神社でも、時代や史料によって使われる社名が変わり、近代になって古い名前に戻る例もある。

石上は、社号が一度決まれば固定というものではないことを教えてくれる神社です。

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「神宮」を名乗るには天皇の許しが必要だった

近代に入ると、神宮号は「勅許(ちょっきょ)」、つまり天皇の許しがなければ新たに名乗れないものになりました。

名古屋の熱田神宮は、明治維新のさなかの慶応4年(1868年)6月に神宮号を宣下され、それまでの「熱田神社」から名前を改めています。

神武天皇を祀る橿原神宮、桓武天皇を祀る平安神宮、明治天皇と昭憲皇太后を祀る明治神宮のように、明治以降に新しく創建された神宮もこの流れの中にあります。

戦後は国家が神社を管理する制度が廃止されましたが、神宮号は引き続き特別な名称として扱われ、改称に際して皇室への御聴許を得た例もあります。

それでも「神宮」が安売りされたわけではありません。

戦後に神宮号へ改称した代表的な例として、淡路島の伊弉諾神宮(1954年)、北海道神宮(1964年)、福岡の英彦山神宮(1975年)の3社があります。

英彦山神宮は公式サイトで「戦後、全国第三番目の神宮」と説明しており、北海道神宮は1964年に明治天皇を新たに合わせ祀ると同時に、札幌神社から改称しています。

戦後の代表的な改称例として挙げられるのが、この3社という少なさを見ると、神宮という名前がどれほど慎重に扱われているかが伝わってきます。

全国の神社の多くを束ねる神社本庁は国の役所ではなく、1946年に神社が集まって作った民間の宗教法人ですが、少なくとも神宮号については、戦後もごく少数にしか広がっていないことは確かです。

 

「大社」ラッシュは戦後に起きた

戦前、大社といえば出雲だけだった

出雲大社は古くから「杵築大社(きずきのおおやしろ)」と呼ばれ、明治4年(1871年)に「出雲大社」と改称しました。

明治政府が同じ明治4年に定めた近代社格制度のもとで、正式な社号に「大社」を用いていた神社は、この出雲大社が例外的な存在だったとされています。

近代社格制度は、全国の神社を官幣大社・国幣大社・官幣中社……と階級分けする制度でした。

ここでの「大社」は階級の名前であって社号ではなく、たとえば春日神社は「官幣大社の春日神社」であり、「春日大社」ではなかったんです。

なお伊勢の神宮だけはこの階級に組み込まれず、別格の存在として扱われていました。

社格制度の廃止と、大社への改称

1945年(昭和20年)12月の神道指令で神社は国の管理から切り離され、翌1946年2月には近代社格制度も廃止されました。

すると、それまで「官幣大社」だった神社が、階級ではなく社号として「大社」を名乗る例が相次ぎます。

諏訪大社は1948年から、静岡の富士山本宮浅間大社は1982年(昭和57年)3月11日からと、改称の時期は神社ごとにかなりばらついています。

改称の理由は神社ごとに違いますが、富士山本宮浅間大社は「旧官幣大社は大社と名乗る例が多く、全国の浅間神社の総本宮にふさわしい名称とするため」と説明しています。

少なくともこの例を見るかぎり、戦後の「大社」には、国が与えた階級ではなく神社側が自分で選んだ名前、という性格があるんです。

出雲大社は「たいしゃ」ではなく「おおやしろ」

こうして「大社」が各地に広がった今も、出雲大社は公式サイトで、自らの名前を「出雲大社(いづもおおやしろ)」と表記しています。

一般には「いずもたいしゃ」と読まれていることを承知のうえで、正式な読みは「おおやしろ」だと案内しているわけです。

同じ二文字を「たいしゃ」と読ませないところに、「大社」を単なる肩書きではなく、自分たちの固有名詞として大切にしている気配を私は感じます。

これは私の感想にすぎませんが、出雲大社が今も「おおやしろ」という読み方を大切にしていることは、社号の歴史を考えるうえで見逃せない事実だと思います。

『延喜式』の「大社」は別の意味

ややこしいことに、『延喜式』神名帳にも「大社」「小社」という区別があります。

ただしこれは社号ではなく式内社の区分で、当時の神社の重要性や祭祀上の扱いに関係するものでした。官幣大社は祈年祭に加えて月次祭・新嘗祭でも幣帛を受けるなど、手厚い扱いを受けていました。

これとは別の軸として、神祇官から幣帛を受ける「官幣社」と国司から受ける「国幣社」の区別があり、官幣大社198社・官幣小社375社・国幣大社155社・国幣小社2,133社という数字が伝わっています。

この時代の「大社」は約350社あったことになり、出雲だけを指す言葉ではありませんでした。

その神名帳で、現在の出雲大社にあたる社は「杵築大社」と記されています。

つまり「大社」という言葉は近代になって突然生まれたものではなく、古代の帳簿ですでに出雲の社名に使われていたんです。

出雲大社の改称は、その古い呼び名の「杵築」を「出雲」に置きかえたもの、と見ることもできます。

 

「宮」がいちばんややこしい

八幡宮・天満宮・東照宮に共通するもの

神社本庁の説明を読み返すと、「宮」だけが「天皇や皇族を祀る神社、または由緒によって古くからそう呼ばれてきた神社」と、二段構えになっています。

八幡宮は応神天皇を祀るので前半に当てはまりますが、菅原道真を祀る天満宮や、徳川家康を祀る東照宮は皇族ではありません。

つまり「宮」は、皇族を祀る神社だけで機械的に説明できる社号ではなく、天満宮や東照宮のように長い年月をかけて呼び名が定着した神社も含んでいるんです。

ルールが先にあって名前が決まったというより、名前の歴史が先にあって、あとから説明が整理されました。

社号の世界は、少なくとも「宮」に関しては、そういう順番でできているように私には見えます。

「宮」はもともと人の住まいだった

「宮(みや)」という言葉は、もともと天皇や貴人の住まいを指す言葉です。

「神宮」は文字どおり「神の宮」、つまり神の住まいという意味で、伊勢の公式サイトが125の宮社をまとめて「神宮」と呼ぶのも、この感覚に沿っています。

対して「社(やしろ)」については、「屋代(やしろ)」、つまり神を祀るために設けた場所や建物に由来するという語源説があります。

この説に沿って字義をたどると、宮には「住まい」、社には「祭りの場所」というイメージの違いを読み取ることもできて、同じ神社でも言葉の成り立ちに差が見えてくるんですね。

神社に鳥居はあっても本殿がない例が古い形として残っているのは、この「場所」の感覚とつながっているのかもしれません。

 

社号を見たら、何を読み取ればいい?

「今の格」ではなく「認められた時代」を読む

ここまでの話を一枚にまとめると、社号は次のように読めます。

  • 「神宮」:単独なら伊勢の神宮。「〇〇神宮」は皇室と特にゆかりの深い神社に使われ、近代には神宮号の宣下・復称・改称が行われた例がある。名乗る神社の数はきわめて少ない
  • 「大社」:もともと出雲大社を示す社号。戦後、旧官幣大社など広く崇敬を集める神社にも広がった
  • 「宮」:皇族を祀るか、由緒で古くからそう呼ばれてきた神社。例外が多く、いちばん歴史の蓄積を感じる社号
  • 「神社」:最も一般的に広く使われている社号。ただしその中には、式内社や旧官幣大社が普通に混ざっている

由緒書と御朱印で見分けるコツ

神社の由緒書や案内板を見ると、「延喜式内社」「名神大社」「旧官幣大社」「旧国幣中社」といった肩書きが小さく書かれていることがあります。

これらは社号よりずっと正直な情報で、「927年の帳簿に載っていた」「明治政府にどの階級で扱われていた」という事実をそのまま示しています。

社号が「今の自己紹介」だとすれば、これらの肩書きは「履歴書」のようなものです。

「〇〇神社」と控えめな名前でも、由緒書に「名神大社」とあれば、平安時代には国の中でも特に重んじられた神社だったことがわかります。

 

よくある質問

明治神宮は伊勢神宮と関係があるのですか?

直接の系列関係はありません。明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祀る神社で、皇室と特に深いゆかりを持つ神社として神宮号を用いています。「神宮」という一語だけで伊勢を指す慣習と、「〇〇神宮」という社号は、別のものとして考えると整理しやすいです。

社号が上の神社のほうが、ご利益も大きいのですか?

社号はご利益の大きさを示すものではありません。神宮号や大社号は「皇室とのゆかり」や「由緒」を表しているだけで、神社本庁も公式サイトで、社号が違ってもそれぞれの神社への篤い信仰に変わりはない、という趣旨の説明をしています。

神社が自分で勝手に「神宮」や「大社」を名乗ることはできますか?

神社本庁に属する神社の場合、社号の変更は宗教法人としての手続きを伴い、実際に戦後に神宮号へ改称した例は3社にとどまっています。一方、神社本庁に属さない単立の神社には本庁内部の規程が直接は及ばないため、通称として神宮号を使う例もあります(ただし法人としての名称変更には、それぞれ別の手続きが関わります)。看板の社号だけでは「どういう経緯でその名前になったのか」までは見えない、ということは覚えておいてよいと思います。

 

まとめ

神宮・大社・宮・神社の違いは、格付けの表を一枚覚えれば終わる話ではありませんでした。

千年前の帳簿で社名に冠していたのが3社だけだった「神宮」、日本書紀では神宮だったのに帳簿では神社と記され、明治になって神宮号に戻った石上、近代には出雲だけだったのに戦後ラッシュが起きた「大社」、そして今も「おおやしろ」と読ませる出雲大社。

社号は、その神社の祭神や由緒、そして長い歴史の中で今の名前に至った経緯を圧縮した記録です。

次に神社の看板を見るときは、末尾の二文字を「偉さ」ではなく「履歴」として読んでみてください。

同じ「神社」という二文字が、少し違って見えてくるはずです。

 

■参照した主な資料:

神社本庁「神宮・神社の名称」
伊勢神宮公式サイト「神宮について」
出雲大社公式サイト「出雲大社と大国主大神」
兵庫県神社庁「伊弉諾神宮」
玄松子の記憶「英彦山神宮」「延喜式神名帳」
日本書紀 巻第六 垂仁天皇紀(seisaku.bz)
改訂新版世界大百科事典「出雲大社」(ジャパンナレッジ)
Wikipedia「神宮」「大社」「出雲大社」「近代社格制度」「延喜式神名帳」「石上神宮」「熱田神宮」「北海道神宮」「諏訪大社」「富士山本宮浅間大社」