
結論からいきます。
「浮気」は結婚している・していないを問わず、恋人同士の心変わりにも使える幅広い言葉です。
一方の「不倫」は、少なくともどちらか一方が結婚している場合に使われます。
そして意外なことに、離婚の原因を定めた民法770条には「浮気」も「不倫」も登場しません。
法律が使っているのは「不貞な行為」という第三の表現なんです。
まずは結論:分かれ目は「結婚しているかどうか」
| 浮気 | 不倫 | 不貞行為 | |
|---|---|---|---|
| 当事者 | 独身・既婚を問わない | 少なくとも一方が既婚者 | 少なくとも一方が既婚者(内縁を含む) |
| 範囲 | キスやデートなど、肉体関係がなくても使われる | 肉体関係を中心に、交際関係全体を指すことが多い | 原則として肉体関係(性的関係)に限る |
| 言葉の性格 | 日常語。もとは「移り気な性格」の意味 | 日常語・報道用語。もとは「人の道に外れること」全般 | 法律の場面で使う言葉(民法770条) |
| ペナルティ | 言葉自体に法的効果はない | 言葉自体に法的効果はない | 離婚原因・慰謝料請求の根拠になる |
表にすると単純な話に見えますが、この3つの言葉はそれぞれ別の時代に、別の事情で生まれています。
戦国時代の軍学書から、コンドームメーカーの統計調査、そして2026年の最高裁判決まで、言葉が今の形に落ち着くまでの道のりをたどっていきましょう。
「浮気」は、もともと恋愛の言葉ではなかった
辞書では、恋愛の意味は3番目に出てくる
デジタル大辞泉で「浮気」を引くと、最初に出てくる意味は「一つのことに集中できず心が変わりやすいこと。移り気」です。
2番目が「特定の人に心をひかれやすいこと。
多情」で、私たちがニュースで見かける「配偶者や婚約者がありながら、別の人と関係をもつこと」は、なんと3番目に登場します。
辞書の世界では、浮気の本籍地は恋愛ではなく「性格」の側にあるのです。
しかも表記は「浮気」のほかに「上気」とも書き、読みはどちらも「うわき」。
のぼせて顔が赤くなる「上気(じょうき)」と同じ字を当てることからも、心がふわふわと浮き上がった状態を指す言葉だったことがうかがえます。
武田家の軍学書にも「浮気」が出てくる
その古い意味の名残は、思いがけない本に残っています。
戦国時代の武田家の戦略や心得をまとめ、江戸時代初期に成立したとされる軍学書『甲陽軍鑑』には「分別浮気になられ」という一節があり、ここでの浮気は「判断が浮ついて、思慮に欠けること」。
恋愛とはまったく関係のない、戦の備えについての話です。
江戸時代になると、井原西鶴の『好色一代女』に「浮かれて陽気になる」という意味の用例が出てくるなど、浮気は人の軽さや浮つきをあらわす言葉として幅広く使われ続けました。
恋愛の意味は、その「移り気な気質」から枝分かれして定着したものです。
だから今でも、結婚していない恋人同士の心変わりにごく自然に使えます。
もともと特定の行為ではなく人の気質を指していたからこそ、守備範囲が広いままなのですね。
戦国武将の判断力を語る言葉が、形を変えずに現代のワイドショーまで届いていると思うと、言葉というのはずいぶんしぶといものです。
コンドームメーカーの調査票にも、「浮気」の広さが表れている
この守備範囲の広さは、現代の統計調査の設計図にまで顔を出しています。
コンドームメーカーの相模ゴム工業が実施している大規模調査「ニッポンのセックス」では、既婚者と交際相手のいる未婚者をひとまとめにして「結婚相手・交際相手以外にセックスをする相手はいますか」と尋ね、その結果を「浮気率」と呼んでいます。
2013年の調査(20〜60代の男女1万4,100名が対象)では、「いる」と答えた人が全体の21.3%、男女別では男性26.9%・女性16.3%でした。
2026年版の同調査でも枠組みは変わらず、既婚者と交際相手のいる未婚者を合わせて集計し、たとえば30代男性では25.9%にパートナー以外の相手がいるという結果が出ています(いずれも自己申告のWEBアンケートで、2026年版の本調査は性体験のある人を対象としています)。
もしこの項目の名前が「不倫率」だったら、未婚の回答者を混ぜることはできません。
既婚も未婚もひとつの数字に束ねられるのは「浮気」という言葉だからこそで、2つの言葉の守備範囲の違いが、アンケートの設問文にそのまま写し取られているわけです。
「不倫」が男女の話になったのは、実はかなり最近

「倫」の字は「人の道」
不倫の「倫」は、人倫(じんりん)の倫。人として守るべき道、という意味の字です。
だから不倫は本来「人の道に外れること」全般を指す言葉で、男女関係に限りませんでした。
国語辞典の編集に長く携わった専門家も、男女関係の意味で使われるようになった時期ははっきりしないと述べているほどで、意味が狭まったのは言葉の歴史からすればつい最近の出来事です。
1950年代の流行語は「よろめき」だった
では、今の「不倫」にあたる関係を、昔の人は何と呼んでいたのでしょうか。
1957年に三島由紀夫が発表した小説『美徳のよろめき』が人妻の恋愛を描いて話題になり、ここから「よろめき」という言い方が広まったとされています。
足元がふらつく「よろめく」で道ならぬ恋を表現するあたり、直接的な言葉を避けるセンスを感じますよね。
「不倫」を定着させたのはテレビドラマ
転機は1983年。TBSのドラマ『金曜日の妻たちへ』、通称「金妻(きんつま)」が大ヒットし、この作品が「不倫」を男女間の意味に定着させたといわれています。
放送日の金曜夜10時には主婦が電話に出ない、とまで言われた社会現象で、以後「不倫ドラマ」というジャンルが生まれ、1997年の『失楽園』ブームへとつながっていきました。
つまり「不倫=不道徳な男女関係」という使い方そのものは明治時代からあって、国木田独歩が1903年(明治36年)に発表した小説『正直者』の一文が、国語辞典に古い用例として載っています。
それでも、私たちが今のように日常語として使うようになったのは1980年代に入ってから。筆者はこの話を知ったとき、言葉の意味を決めるのは辞書ではなく茶の間なのかと、妙に感心してしまいました。
昔からあった言葉を、一本のドラマが世間に広めるきっかけになった――めったにない実例だと思います。
法律には「浮気」も「不倫」も書かれていない
民法が使うのは「不貞な行為」
裁判で離婚を求められる条件を定めているのは民法770条で、その1番目に挙げられているのが「配偶者に不貞な行為があったとき」です。
条文にあるのは「不貞」という言葉だけで、浮気も不倫も登場しません。
ニュースで「不倫疑惑」と報じられても、裁判所が判断するのはあくまで「不貞行為があったかどうか」です。
ちなみに「貞」という字には古くから「正しい」「心変わりしない」という意味があり、そこから操(みさお)を守るという意味でも使われるようになりました。
歴史的には女性の貞操を指して使われることの多かった字ですが、条文の主語は「配偶者」です。
法律上の不貞は夫にも妻にも等しく適用されます。
最高裁が示した「不貞行為」の定義
その不貞行為とは何か。最高裁は昭和48年(1973年)11月15日の判決で、配偶者のある者が自由な意思にもとづいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと、という解釈を示しました。この「自由な意思」という条件が、実際の裁判で効いてきます。
この事件では、性被害に遭った側は自分の意思ではないので不貞にあたらず、加害した側は自由な意思で及んだのだから、自分の配偶者との関係では不貞にあたる、という判断が示されました。
同じ一つの出来事でも、立場によって不貞かどうかの評価が分かれる。定義の一語一語に、ちゃんと理由があるのです。
2026年、最高裁がまた新しい線を引いた
この分野のルールは、今も現在進行形で動いています。
2026年6月に最高裁で争われたのは、妻から記入済みの離婚届まで見せられていた男性が、正式な離婚の前にその妻と関係を持ち、あとから元夫に賠償を求められたという事案でした。
最高裁は「結婚生活がもう壊れている(破綻している)と信じるだけの、もっともな理由があったなら、相手に落ち度(過失)は認められない」という初めての判断を示しました。
そして、その理由があったかどうかを十分に検討していなかった二審の判決を破棄し、審理をやり直させています。
下敷きになっているのは、1996年の「夫婦関係がすでに破綻していたなら、不倫相手は原則として賠償責任を負わない」という最高裁判決です。
2026年の判断はそこから一歩進んで、実際に破綻していたかどうかだけでなく、「破綻していると信じた事情」まで考えに入れました。
言葉の意味を記録するのは辞書ですが、どこからが賠償ものかという線は、裁判所が今も引き直し続けています。
かつて「不倫」は犯罪だった

鎌倉時代は、領地を半分没収
時代をさかのぼると、今なら「不倫」と呼ばれる関係が、犯罪として処罰されていた時代がありました。
鎌倉幕府の基本法典である御成敗式目には、他人の妻と密通した武士は所領の半分を没収され、出仕も止められるという規定があります。
土地が命より重かった武士にとって、領地半分はすさまじい罰です。
戦前の姦通罪は「妻だけ」が罰せられた
明治以降の刑法には姦通罪(183条)という犯罪があり、夫のある女性が夫以外の男性と関係を持つと、夫の告訴によって妻と相手の男性が2年以下の懲役に処されました。
ところが夫の側は、相手が人妻でない限り何をしても処罰されません。
罰するかどうかが「妻かどうか」で決まる、あからさまに非対称な仕組みでした。現代の感覚では、ちょっと受け入れがたいものがありますよね。
1947年、新しい憲法とともに消えた
戦後、男女の平等と夫婦の平等をうたう日本国憲法ができたことで、この不平等は放置できなくなります。
「夫も平等に処罰する」のか「両方とも処罰しない」のか、国会で激しい議論が交わされた末に不処罰の道が選ばれ、姦通罪は1947年(昭和22年)に削除されました。
配偶者を裏切る行為が「犯罪」ではなく「慰謝料などの民事の問題」になってから、まだ80年ほどしかたっていないのです。
まとめ:同じ行為なのに、言葉だけが乗り換えられてきた
ここまでを一本の線にすると、こうなります。武士の時代の「密通」、戦前の「姦通」、1950年代の「よろめき」、そして1980年代に一気に広まった「不倫」。
言葉ごとに意味や使われ方は少しずつ違いますが、男女の道ならぬ関係を表す言葉は、時代とともに主役を交代させてきました。
古い言葉に罪や湿っぽさの匂いが染みつくたびに、世の中が少し軽い新語へ移っていったように見えます。
そのなかで「浮気」だけは、戦国時代から現代のアンケート調査まで同じ顔で生き残ってきました。
もともと特定の行為ではなく人の「気質」を指す言葉だったので、時代が変わっても色あせなかったのでしょう。
独身同士なら浮気、既婚者がからめば不倫、そして裁判所の前では不貞行為。
3つの言葉を並べてみると、使い分けのルールだけでなく、日本人がこの問題をどう呼び、どう裁いてきたかの歴史まで透けて見えてきます。
