品詞とは?10種類の一覧とちょっと面白い雑学|見分け方つき

「『大きな』は何詞ですか?」

中学生のころ、国語の授業でそう聞かれたことがあります。

「大きいんだから形容詞だろう」と思ったのですが、正解は「連体詞」。

「大きい犬」の「大きい」は形容詞なのに、「大きな犬」の「大きな」は連体詞になる――当時は、ずいぶん面倒な分類をするものだと思っていました。

品詞というと、名詞・動詞・形容詞……と暗記させられた記憶がある人も多いはずです。

ただ、大人になってあらためて調べてみると、これが結構おもしろい。

なぜ日本語の品詞は10種類なのか、どの品詞にも入らない言葉はないのか、これから11番目が生まれることはあるのか、世界の言語も同じように分けているのか。

テストの答えを覚える話ではなく、人間が言葉というものをどう整理してきたか、という話として読むと、印象がかなり変わります。

この記事では、そのあたりを雑談のつもりで書いてみます。

そもそも品詞って、なぜ10種類なのでしょうか

学校文法では、日本語の単語を名詞・動詞・形容詞・形容動詞・副詞・連体詞・接続詞・感動詞・助詞・助動詞の10種類に分けます。

ですが、この「10」という数字、自然界に最初から刻まれていたわけではありません。
現在の学校文法の直接の源となっているのは、文部省が1943~44年に編纂した『中等文法』を改訂し、1947年に刊行した『中等文法 口語』『中等文法 文語』です。

この体系は橋本進吉の文法論から大きな影響を受けていますが、橋本文法そのものをそのまま学校教育に持ち込んだものではありません。

それ以前にも、大槻文彦、山田孝雄、松下大三郎など、日本語をそれぞれ異なる方法で整理しようとした研究者がいました。

つまり、「日本語には絶対に10種類の品詞が存在する」というより、日本語を説明するために、学校教育ではこの10種類に整理していると考えたほうが実態に近いのです。

まず一覧で見る、日本語の10品詞

先に全体像だけ確認しておきます。あとで一つずつ、それぞれの「面白いところ」を見ていきます。

品詞 ざっくりした役割 例
名詞 人・物・場所・事柄などの名前 犬、東京、音楽、時間
動詞 動作・作用・存在などを表す 走る、食べる、いる、ある
形容詞 性質・状態を表し、活用する 美しい、大きい、暑い
形容動詞 性質・状態を表し、「だ」を伴って活用する 静かだ、便利だ、きれいだ
副詞 動作や状態を詳しくする とても、ゆっくり、かなり
連体詞 名詞を直接修飾する この、ある、大きな
接続詞 前後の内容をつなぐ しかし、だから、つまり
感動詞 感動・応答・呼びかけなど ああ、はい、もしもし
助詞 語と語の関係を示す が、を、に、は
助動詞 他の語に意味を付け加える ない、た、たい、れる

大きく分けると、自立語(それ自体が文節の中心になれる語)と付属語(単独では文節の中心にならず、ほかの語に付いて働く語で、助詞・助動詞が該当)に分かれ、さらに活用する・しないで整理できます。

この2軸さえ押さえれば、あとは応用でだいたい見当がつきます。

 

10品詞、それぞれのちょっと面白い話

ここからが本題です。定義を暗記するのではなく、「へえ」と思えるところだけ拾い読みしてもらえたらと思います。

名詞|目に見えないものにも「名前」を付ける

「犬」「机」「大阪」のような物や場所だけでなく、「愛」「時間」「音楽」「失敗」のように、手で触れられない感情や出来事にも名前がついています。人間は世界の中から何かを一つの対象として切り出し、そこに名前を与える生き物なのだと思うと、名詞という品詞の見え方が少し変わります。ちなみに「遊ぶこと」というとき、「遊ぶ」そのものが名詞化したわけではなく、「こと」という名詞を借りることで、動作全体を名詞のように扱っています。地味な工夫ですが、よくできています。

動詞|実は「動かない」動詞もある

「走る」「食べる」は確かに動きますが、「いる」「ある」も動詞です。何も動いていません。つまり動詞は「動く言葉」というより、動作・作用・存在などを述語として表す言葉、と考えたほうが正確です。名前と実際の働きが必ずしも一致していない、という例のひとつです。

形容詞|名詞を飾るだけではない

「美しい花」のように名詞を修飾するイメージが強いですが、「花が美しい」のように、それ自体が述語にもなれます。「美しく」「美しかった」と活用するのも特徴です。形容動詞も活用しますが、その活用の仕方は形容詞とは異なります。

形容動詞|「きれい」は「い」で終わるのになぜ違う?

「きれいかった」とは言わず「きれいだった」と言う。「きれい花」ではなく「きれいな花」と言う。こうした活用や名詞を修飾するときの形の違いから、学校文法では「きれいだ」を形容動詞として扱います。ちなみに「形容動詞」という品詞をどう扱うかは、日本語研究の中でも意見が分かれるところで、学校で習う体系がすべての研究者の共通見解というわけではありません。「きれいは形容動詞だから覚える」で片付けるより、なぜ形容詞とは別枠にしたのかを考えると、品詞というものが人間の作った仕組みであることが見えてきます。

副詞|文章の解像度を上げる言葉

「走る」だけでも意味は通じますが、「ゆっくり走る」「かなり速く走る」とすると、途端に場面が具体的になります。ただし、ここには落とし穴もあります。「大きく動く」の「大きく」は一見副詞のように見えますが、これは形容詞「大きい」が活用した形(連用形)で、品詞としては形容詞のままです。文中で副詞のように働くことと、品詞が副詞であることは、実は別の話なのです。

連体詞|なぜ「大きな」を別の品詞にした?

「大きい」は「大きかった」「大きければ」と活用できますが、「大きな」は「大きなかった」とは言えません。活用せず、名詞を修飾する働きしか持たない。だから連体詞です。「この」「あの」「ある日」「いわゆる」なども同じ仲間で、意味の近さより文法上の振る舞いを見るのがポイントです。
ちなみに、「連体詞」というカテゴリーも、最初から現在の形で存在していたわけではありません。明治期に大槻文彦がまとめた『語法指南』には、現在の学校文法でいう「連体詞」という品詞はまだありませんでした。その後の日本語研究のなかで、名詞を直接修飾する語をどのように分類するかが整理され、現在の学校文法では「大きな」「この」「ある」などを連体詞として扱っています。
そう考えると、中学生のころに私が「なぜ『大きい』と『大きな』を別の品詞にするんだ」と感じた疑問も、あながち的外れではなかったのかもしれません。そもそも研究者たちも、日本語をどういう箱に分ければ一番うまく説明できるのかを考え続けてきたわけです。

接続詞|文章の論理を見えるようにする

「雨が降った。家にいた。」だけでも意味は通じますが、「だから」を入れれば因果関係が、「しかし」を入れれば逆接の関係がはっきりします。文章を読むときに接続詞だけ拾っていくと、書き手の論理展開が意外なほど透けて見えることがあります。

感動詞|文法より先に口から出る言葉

「ああ」「はい」「もしもし」といった一語だけで、立派に一つの発話として成立します。人間は「主語+述語」の完成した文だけで会話しているわけではない、という当たり前のことを、感動詞は思い出させてくれます。

助詞|一文字で「誰が誰を」が逆転する

「私が犬を見る」と「私を犬が見る」。使われている名詞と動詞はまったく同じで、「が」と「を」を入れ替えただけなのに、見る側と見られる側が逆転しました。文字数はいちばん小さいのに、仕事はいちばん大きい品詞かもしれません。

助動詞|「食べる」に意味を後付けする

「食べない」「食べたい」「食べた」「食べられる」――打ち消し、希望、過去・完了、可能・受け身など、後ろに付くパーツによって意味が次々に変わっていきます。助詞と同じく単独では働けない付属語ですが、助詞と違って活用する、という点が大きな違いです。

そして、ここでちょっとした豆知識をひとつ。

「お金がない」の「ない」と、「食べない」の「ない」は、同じ二文字なのに品詞が違います。

お金がない。
食べない。

「お金がない」の「ない」は、それ自体で「存在しない」という状態を表しているので形容詞です。一方、「食べない」の「ない」は、動詞「食べる」にくっついて「打ち消し」の意味を加えているので助動詞です。

文節で考えると、違いがさらにわかりやすくなります。

お金が / ない
ご飯を / 食べない

前者の「ない」は、それ自体が文節の中心になれる自立語です。後者の「ない」は「食べ」に付いて働く付属語です。

同じ「ない」という文字でも、片方は自立語、もう片方は付属語。見た目だけでは品詞を判断できない、ということがよくわかる例です。

 

品詞は、見た目だけでは決まりません

ここまでの話をまとめると、ひとつの傾向が見えてきます。

表現 品詞 ポイント
大きい犬 形容詞 「大きかった」と活用する
大きな犬 連体詞 活用せず名詞を修飾するだけ
きれいな花 形容動詞 「きれいだ・きれいだった」と活用
大きく動く 形容詞 「大きい」が活用した形
お金がない 形容詞 「ない」自体が状態を表す自立語
食べない 助動詞 動詞「食べる」に付いて打ち消しを表す
本がある 動詞 存在を表す
ある日 連体詞 名詞「日」を修飾する

「こそあど言葉」も同じで、「この本」の「この」は連体詞、「これが好き」の「これ」は代名詞、「こう書く」の「こう」は副詞と、頭が同じでも役割が変われば品詞は変わります。

品詞は見た目だけで決まるものではなく、その語がどんな文法的性質を持ち、文の中でどう振る舞っているかを見る必要があります。

 

品詞をもっと深く知る、4つの寄り道

10品詞の話はここまでで一通り終わりですが、調べているうちに気になった寄り道の話をいくつか置いておきます。

品詞が、どこにも属さない言葉ってあるのでしょうか

そもそも「単語」という単位自体、実はそこまで自明ではありません。

国立国語研究所が公開しているUniDic(形態素解析用の辞書)の用語集では、「国立国語研究所」という文字列をまるごと1語と感じる人もいれば、「国立/国語/研究/所」と細かく区切って考える人もいる、「青空」は1語だと思うのに「梅雨空」は2語に感じる、といった具体例とともに、日本語母語話者の間でも全員が納得する明確な「単語」の定義はない、と説明されています。

10個の箱を作る以前に、そこへ入れる「単語」の切り分け方自体が揺れている、というのは、なかなか衝撃的な事実でした。

「11番目の品詞」が生まれる日は来る?

では、いつか11番目の品詞が生まれることはあるのでしょうか。

「ググる」「バズる」のように、日本語には今も新しい言葉が生まれ続けていますが、これらは「ググらない」「ググった」と活用するため、既存の「動詞」にすんなり収まってしまいます。

新しい単語が生まれることと、新しい品詞が生まれることは別の話なのです。

ただし、10品詞という分類自体が歴史の中で作られてきたものである以上、日本語や文法研究の考え方が大きく変われば、将来の学校文法が今と同じ10分類のままである保証もありません。

もしかすると100年後の中学生は、「日本語の品詞は11種類です、ここテストに出ますよ」と言われているかもしれません。

世界の言語も同じように品詞を分けているのでしょうか

世界の言語も、日本語と同じように品詞を分けているのでしょうか。

よく「日本語は10品詞、英語は8品詞」と説明されますが、この数字だけを比べて複雑さを語るのはあまり正確ではありません。

実は英語の内部でも見方は割れていて、言語学の専門書として知られる『The Cambridge Grammar of the English Language』では、伝統的な8品詞とは違う分け方を採用し、代名詞を独立品詞ではなく名詞の一種として扱ったり、冠詞や指示詞を「限定詞」という独立カテゴリーに切り出したりしています。
さらに世界の言語を見渡すと、同じ「性質を表す語」でも、その振る舞いは言語によって異なります。

たとえば中国語では、形容詞とされる語が、英語のbe動詞にあたるような語を置かずに、そのまま述語として使える場合があります。

一方、スペイン語では形容詞を述語として使うとき、serやestarなどを伴うのが基本です。

つまり、日本語でいう「形容詞」と、ほかの言語で「形容詞」と呼ばれるものが、まったく同じ性質を持っているとは限りません。

世界共通の品詞表があり、各言語がそこから必要なものを選んでいるわけではなく、言語ごとの仕組みに合わせて分類そのものが考えられているのです。

世界には「名詞」だけでも不思議な分類がある

品詞そのものとは少し話がずれますが、世界の言語を見ていると、同じ「名詞」の中にも日本語にはない面白い分類があります。

たとえばフランス語では、ほぼすべての名詞に「男性」「女性」という文法上の性があります。

面白いのは、人間や動物だけではないことです。

「テレビ放送・テレビというメディア」を意味するtélévisionは女性名詞ですが、テレビ受像機を意味するtéléviseurは男性名詞です。さらに、「映画作品」のfilmや「映画・映画館」のcinémaも男性名詞です。
もちろん、テレビ放送が女性でテレビ受像機が男性だという意味ではありません。これは「文法性」と呼ばれる分類で、現実世界の性別とは別のものです。

ドイツ語ではさらに一つ増えて、男性・女性・中性の3種類があります。

そして驚くのが、「少女」を意味するMädchenが中性名詞であることです。

「少女なのになぜ中性?」と思ってしまいますが、Mädchenの語尾にある-chenが付いた名詞は文法上中性になるためです。

さらに、「少女」を意味するのに、冠詞は女性のdieではなく、中性のdas Mädchenです。
つまり、言葉の「性」と実際の人間の性別は、必ずしも一致しません。

さらにスワヒリ語まで行くと、「男・女・中性」という数では収まりません。

フランス語やドイツ語の文法性と似た「名詞をグループ分けして、周囲の語までそれに合わせる仕組み」が、より多くのクラスに分かれていると考えるとイメージしやすいでしょう。

クラスには「人を表す語が多い」といった意味上の傾向もありますが、単純に意味だけで分類できるわけではありません。

オーストラリアのジルバル語には4つの名詞クラスがあり、名詞に伴う標識には、その対象が見えているか、どちらの方向にあるか、どれくらい離れているかといった情報まで組み込まれます。

日本語では「犬」も「テレビ」も「映画」も、とりあえず同じ「名詞」です。

しかし世界を見ると、その名詞をさらにどう分類するのか、その分類を文のどこまで反映させるのかまで言語によって違います。

品詞の違いだけでなく、「同じ品詞の中をどう整理するか」まで世界共通ではないのです。

「ここではきものを脱いでください」を機械はどう読む?

最後にもうひとつ。

品詞の話は学校の国語だけで終わりません。

コンピュータが日本語を読むときにも、単語を区切り、その品詞を判定する処理が使われています。

日本語は英語と違って単語の間にスペースを入れないので、「ここではきものをぬいでください」という一文は、「ここでは/着物を/脱いでください」とも「ここで/履物を/脱いでください」とも読めてしまいます。

人間ならその場所が玄関か更衣室かで瞬時に判断できますが、コンピュータは文脈や周囲の語を手がかりに答えを出さなければなりません(厳密には、この例は品詞そのものが変わるというより、単語の区切り方によって解釈が変わる例で、着物も履物もどちらも名詞です)。

国立国語研究所によれば、日本語の形態素解析は、単語に分かち書きする、品詞を判定する、活用形や原形を推定する、という処理を組み合わせて行われていて、現代語だけでなく古文など時代の異なる日本語のための辞書整備も進められているそうです。

中学の授業で習った品詞分類が、思わぬところで検索エンジンや音声アシスタントの裏側にもつながっている、というのは、知っておくとちょっと得した気分になる話だと思います。

 

おわりに

品詞と聞くと、名詞・動詞・形容詞……を覚える授業を思い出す人が多いと思います。

ただ、少し掘り下げてみると、動詞なのに動かない言葉がある、「きれい」は「い」で終わるのに形容詞ではない、同じ「ない」でも品詞が変わる、世界の言語では分類そのものが違う、と意外な話が次々に出てきます。

品詞は、自然界に最初から書かれていた10個の名前ではなく、人間が複雑な言葉の仕組みを理解するために後から作った分類です。

だからこそ、昔から同じだったわけでも、世界中で同じだったわけでもありません。

「大きなは連体詞だから覚えろ」で終わるより、「なぜ大きいと大きなを別の箱に入れたのだろう」と考えるほうが、言葉そのものが少し面白く見えてくる気がします。


参考文献・参考資料