赤・紅・朱・緋・絳・丹・赭・赬の違い──8つの「あか」を色見本と字源で読み解く

赤・紅・朱・緋は、どれも「あか」と読める字ですが、もともとの成り立ちはまったく同じではありません。

赤は火から、紅・緋・絳は糸や染色から、朱は木から、丹と赭は鉱物や土から生まれました。

さらに赬は、古典では染める回数と結びついた赤として現れます。

違いが感覚の問題ではなく出自の問題だ、というのがこの記事の要点です。

「あか」と読める漢字を思いつくかぎり挙げてくださいと言われたら、たいていの方は赤・紅・朱あたりで手が止まると思います。

そこに緋が加わればかなり漢字に強い人で、絳や赬まで出てくると、もう趣味の領域でしょう。

ところがこの八字は、辞書を引いてもどれも「あかい」と書いてあるだけで、では何が違うのかという肝心のところは、読んでもさっぱり腹に落ちません。

この記事では、まず八字をカラーコードごと並べて目で見比べたうえで、そのあとに字源をたどって「なぜその色になったのか」を追いかけていきます。

まずは八つの「あか」を、色として並べてみる

語源の話に入る前に、実際の色を見てしまったほうが早いと思います。

日本の伝統色としてカラーコードの掲載例があるものは和色大辞典系の数値を、日本に登録のないものは古典の定義と中国側の色名資料から当てはめた参考値を採用した一覧です。

参考値のものには印を付けてありますので、そこは「およそこのあたり」という程度に受け取ってください。

漢字 主な読み カラーコード 色の傾向
あか/セキ #E60033 基準となる赤
くれない/べに/コウ #D7003A やや青みの冴えた赤
しゅ/あけ #EB6101 強い黄みの赤
ひ/あけ #D3381C 燃えるような濃い赤
コウ #9E2A2B ※参考値 沈んだ深い赤
に/タン #E45E32 橙寄りの明るい赤
そお/シャ #BB5520 茶色がかった赤
テイ #D96A5A ※参考値 淡くやわらかい赤

色名は同じなのに、サイトによってコードが違うという話

ここでひとつ、正直に書いておかなければならないことがあります。

伝統色のカラーコードというのは、思っているほど確定した数値ではありません。

実際に複数の色名サイトを見比べてみると、同じ「朱色」でも数値がかなり違っていて、最初にこれに気づいたときは、私もしばらく画面を往復して確認してしまいました。

「朱色」は #EB6101 と #EF454A のあいだで揺れている

和色大辞典が採用している朱色は #EB6101 で、これは誰が見てもオレンジ寄りの色です。

ところが伝統色のいろはが挙げる朱色は #EF454A で、こちらは明らかに赤寄り、むしろピンクの気配すら感じられる数値になっています。

同じ名前の色として並べるには、正直なところ距離がありすぎます。

赭についても事情は同じで、代赭という名前なら #BB5520 という数値が広く使われている一方、単独の「赭」では #AB6953 や #CA4829 といった値が資料ごとに出てきます。伝統色というのは本来、染料や顔料そのものの名前として生まれたものですから、原料の産地や作り手が変われば色も変わるのが当たり前で、後世の私たちがそこに一つの数値を割り当てようとすること自体に、そもそも無理があるのだと思います。

それでも実務ではコードを決めなければならない

とはいえ、デザインでも小説でもゲームでも、実際に何かを作る場面では数値を一つに決める必要があります。そういうときに私が勧めたいのは、「権威ある正解を探す」のをやめて、自分の作品のなかで一貫した基準を持つほうへ切り替えることです。

朱を黄み寄りに置くと決めたなら、緋も紅もその基準に合わせて相対的に配置していけばよく、そのほうが結果として色同士の関係が澄んで見えます。

八色を横に並べて眺め、隣り合う色との距離が納得できるかどうかで判断する、という決め方のほうが、辞書の数値をそのまま拾ってくるより余程うまくいくはずです。

字源をたどると、その赤がどこから来たかが見えてくる

さて、ここからがこの記事の本題です。

八つの漢字を、意味ではなく成り立ちで並べ替えてみてください。

すると、これまで一つの棚に無造作に放り込まれていた赤たちが、いくつかの系統に分かれてくれます。

系統 該当する字 もともと指していたもの
火の赤 盛んに燃える火の色
糸偏の赤 紅・緋・絳 染めた絹布の色
石と木の赤 朱・丹 鉱物、あるいは樹木そのもの
赤部の赤 赭・赬 赤土、および赤の度合い

断っておくと、この四分類は絶対のものではありません。

赭は赤部の字でありながら意味の中身は土そのものですし、次に見る朱にいたっては、古い辞書と現代の字源研究とで説明そのものが食い違っています。

そのあたりの割り切れなさも含めて眺めていくほうが、この八字はかえって面白く読めます。

火から生まれた「赤」

「大」と「火」から成る会意文字

『説文解字』は赤を「南方の色なり。大に从ひ火に从ふ」と説明しています。

現代の字源辞典でも、火と大とから成る会意文字で、火が盛んに燃えること、またその色を表す、という説明が有力です。

つまり赤という字が最初に捉えたのは、対象物の表面の色というより、燃えさかる炎そのものの明るさのほうだったことになります。

なお「大」という字の原形は人が立つ姿ですから、そこから「火に照らされた人」あるいは「火にくべられた人」を描いた字だとする解釈も古くからあります。

ただし甲骨文の段階から大+火と見て「大きな火」と説くのが一般的で、人の姿まで読み込む説を定説として紹介するのは、さすがに踏み込みすぎでしょう。

ここは説が分かれている、と受け取っておくのが安全です。

日本語の「あか」も、色ではなく明るさを指していた

面白いのは、まったく別系統であるはずの日本語の「あか」も、似た場所から出発していることです。

古代日本語の基本的な色彩語はアカ・クロ・シロ・アオの四語だったとする有力な説があり、これらはそれぞれ「明」「暗」「顕」「漠」に対応していたと考えられています。

アカの相手役はアオではなくクロであり、明るいか暗いかという明度の対立が先にあって、そこに色相の感覚があとから乗ってきたわけです。

漢字の赤と和語のアカが、示し合わせたわけでもないのに近い場所から出発しているというのは、考えてみると少し不思議な話です。

赤という色が人間にとってどれほど原初的なものだったか、そのことを二つの言語が別々に証言しているようにも読めます。

糸偏の三兄弟──紅・緋・絳

布に染めた色だから糸偏がつく

紅・緋・絳の三字には、いずれも糸偏がついています。

これは偶然ではなく、この三字が絹布に染め付けられた状態の赤と強く結びついた語だったことを示しています。

『説文解字』の語釈を見ると、紅は「帛の赤白の色なり」、緋は後に追加された新附字として「帛の赤色なり」とあり、どちらも定義のなかに絹を意味する「帛」が明記されています。

絳のほうは「大赤なり。糸に从ひ夅声」で、語釈に帛の字はありませんが、糸偏を持つ点は共通しています。

言い換えれば、この三字は染色の現場に近いところで育った語彙だったと考えると理解しやすくなります。たとえば染物屋が「今日は絳を三反あげた」と言う場面を想像してみると、そこでの絳は抽象的な赤ではなく、特定の染め方で仕上がった布の状態を指す言葉になるはずです。

あくまで想像ではありますが、そう置いてみると、これらの字がやたらと細かく分かれている理由もよく飲み込めます。

「絳」は八字のなかで最も深い赤

絳を「大赤」と定義したのは、赤よりさらに濃く強い赤という意味で、いわば赤の最上級です。『文選』所収の鮑照「蕪城賦」には「玉貌絳脣」という表現があり、白い顔立ちに対して唇の深い赤を置く対比として使われています。唐の王維の詩に出てくる「絳幘」も、宮廷の役人がかぶった赤い頭巾のことで、絳という字がまとっているのは、明るさよりも格式のある濃さのほうです。

日本語ではまず使われませんが、もし小説で王朝の緊張した場面を書くのであれば、この字ほど画面を締めてくれる赤はありません。

読者が読めない可能性は残りますから、ルビは必要になるでしょうけれど。

石と木から来た「朱」と「丹」

「丹」は採掘坑を描いた象形文字

丹の字源を知ったときは、正直に言って唸りました。

『説文解字』は丹を「巴越の赤石なり」とし、字形については採掘のための井戸の形を象り、中の点が取り出された鉱石そのものを表す、と説明しています。

つまり丹という字は色を描いたのではなく、赤い石を掘り出している現場をそのまま写し取った字なのです。

この赤い石の正体は辰砂、化学的には硫化水銀(HgS)で、日本各地に残る「丹生」という地名は、かつてそこで水銀朱が採れたことの痕跡だと考えられています。

丹という一文字のなかに、鉱山と、坑道と、そこで働いた人々の労働までが畳み込まれていると思うと、色名として使うのが少しもったいないような気さえしてきます。

「朱」は、古い辞書と現代の字源研究で説明が食い違う

八字のなかで最も面白いのが朱です。『説文解字』はこの字を「赤心の木、松柏の属」と説明していて、要するに切ったときに芯が赤い木のことだとしています。

木を表す「木」の中ほどに一本の印を加えた指事文字だ、という字形の見方はここから来ています。

ところが現代の字源研究では、別の説明が有力です。

『角川新字源』系の記述を採る漢字ペディアは、朱について「木の中心部に横線を加えて、木の切り株を示す。

『株』の原字。借りて『あかい』意に用いる」としています。

つまり本来は切り株を指す字であって、赤という意味はあとから借りてきた(仮借した)ものにすぎない、という立場です。

同じ一字について、後漢の許慎は「芯の赤い木」と読み、現代の文字学は「切り株の株の原字」と読む。

どちらが正しいかを素人が決めることはできませんが、二千年近く隔てた二つの読みが並んでいる光景そのものが、私にはずいぶん贅沢なものに見えました。

少なくとも、朱が最初から赤色の名前だったわけではない、という点では両説が一致しています。

その後、朱は辰砂を精製した顔料の名として定着し、現代の日本人が朱と聞いて思い浮かべるのは、まず神社の鳥居や印肉の色でしょう。

木から始まって鉱物に乗り換えた字、と言えばいいでしょうか。八字のなかでも、朱の来歴はとりわけ数奇です。

赤部に属する「赭」──土から来た赤

赭は『説文解字』に「赤土なり」とあり、これは酸化鉄を多く含む赤い土のことで、いわゆるベンガラと同じ鉄系の赤色顔料です。

世界各地の先史時代の赤色顔料には、こうした酸化鉄系の赤土が広く使われてきました。

旧石器時代の洞窟壁画から縄文の土器、古墳の石室まで、赤い痕跡をたどると多くの場合この土に行き当たります。

日本画の絵具として今も画材店に並ぶ「代赭」は、中国の代州で採れた良質な赭土に由来する名です。

神域の朱に対して、赭は罪を可視化する色だった

この字にはもう一つ、少し陰のある使われ方がありました。

古代中国では罪人に赤褐色の衣を着せる習慣があり、これを赭衣と呼びます。『前漢書』刑法志の「赭衣路に塞がる」は、赭衣の囚人が道いっぱいにあふれているという意味で、法の厳しさを嘆いた表現です。

同じ赤でも、朱が神域を守る色であるのに対し、赭は罪を可視化する色だった、というこの対比は、覚えておくと文章のどこかで効いてくると思います。

中国での序列──実は「紅」は格下だった

ここまで来歴を見てきましたが、古代中国において八つの赤は横並びではなく、はっきりとした身分差を負わされていました。

この視点は日本語の解説記事ではあまり触れられないところなので、少し丁寧に見ていきます。

正色と間色という考え方

五正色に「紅」は入っていない

陰陽五行にもとづく色彩観では、青・赤・黄・白・黒の五色が正色とされ、それらを混ぜて得られる色は間色として一段低く位置づけられていました。

緑・紅・碧・紫・騮黄といったあたりが間色にあたります。

ここで注目してほしいのは、正色の座を占めているのは赤であって、紅ではないという点です。

『説文解字』が紅を「帛の赤白の色なり」と定義していたことを思い出してください。

赤と白のあいだ、つまり現代語でいえば桃色に近い薄い赤が、本来の紅でした。

混色から生まれた薄い色ですから、儀礼の秩序のなかでは正統になれなかったわけです。

孔子が紅と紫を嫌った理由

『論語』郷党篇には「紅紫は以て褻服と為さず」という一節があり、孔子は紅と紫を普段着にすら使わなかったと記されています。

同じく『論語』陽貨篇の「紫の朱を奪ふを悪む」も有名で、間色である紫が正色である朱の地位を侵すことへの嫌悪が語られています。

これは色の好き嫌いの話ではなく、秩序が崩れることへの警戒です。

派手で人目を引く間色が、地味だが正統な色を押しのけていく現象を、孔子は礼の崩壊の前触れとして見ていました。

それにしても、後の時代に紅が中華世界を代表する吉祥の色として君臨することを思うと、この評価の逆転ぶりは痛快ですらあります。

格下だった色が二千年かけて主役の座を奪い返した、と言ってしまってもいいでしょう。

染めた回数で色名が変わるという仕組み

縓・赬・纁という濃度のものさし

八字のなかで最も影の薄い赬ですが、この字の正体を知ると見え方が変わります。

『爾雅』釋器に「一たび染むるをこれ縓と謂ひ、再び染むるをこれ赬と謂ひ、三たび染むるをこれ纁と謂ふ」とあり、赬とは二度染めた赤につけられた名前だったのです。

色相ではなく、工程の回数が色名になっているところが面白い。

染める回数 名称 古典での説明
一染 縓(せん) 郭璞注に「今の紅なり」とある淡い赤
二染 赬(てい) 郭璞注に「浅赤」とある
三染 纁(くん) 疏に「纁は絳なり」とあり、絳と同一視される

注意したいのは、絳が「さらに染め重ねた先」にあるわけではないという点です。

『爾雅』の注疏には李巡の説として「三たび染むれば其の色已に成りて絳と為る」とあり、三度染めた段階でもう絳だ、と説明されています。

つまり纁と絳は、少なくともこの系統の記述のなかでは重なり合う色名なのです。ここは私も最初、絳を最深部に置いた四段階の表を作ってしまい、注疏を読み直して慌てて直したところでした。

もう一つ、『爾雅』の本文には何で染めるかは書かれていません。

茜だろうと推測したくなりますが、そこは明記されていないので断定は避けるべきでしょう。

ただ『文心雕龍』に「絳は蒨より生ず」という一句があり、蒨は茜のことですから、茜との結びつきを示唆する記述自体は別のところに残っています。

いずれにせよ、色名が形容詞ではなく計量の単位として機能していたことは確かで、これは現代のカラーコードが数値で色を指定することと、発想としてはかなり近い。

古代の染色現場のほうが、私たちが思っているよりずっと定量的だったのだと感じます。

そして一染の縓を郭璞が「今の紅なり」と注しているのは、先ほど見た「紅はもともと薄い赤だった」という話とぴたりと符合していて、ここが噛み合った瞬間はちょっと嬉しくなりました。

日本にも渡ってきた「赬」

ほとんど使われない字だと書きましたが、日本の文献にまったく登場しないわけではありません。

『詩経』周南の汝墳篇にある「魴魚赬尾」は、魚が泳ぎ疲れると尾が赤くなるという観察から、民が疲弊するさまを詠んだ句として知られ、ここから生まれた「赬尾」という語は『日本文徳天皇実録』天安二年(八五八年)の記事にも見えます。

平安の官人がこの語を使いこなしていたと知ると、赬という字への距離感も少し縮まるのではないでしょうか。

日本に来て、赤の序列は組み替えられた

中国で作られた赤の序列は、そのまま日本に輸入されたわけではありませんでした。

日本では律令という別の枠組みのなかで、赤の位置づけが独自に組み直されていきます。

位階が色で見える国

深緋は四位、浅緋は五位

養老律令の衣服令は、位階ごとに着用できる朝服の色を細かく定めていました。

一位が深紫、二位と三位が浅紫、そして四位が深緋、五位が浅緋、六位が深緑、七位が浅緑、八位が深縹、初位が浅縹という順序です。

緋は紫のすぐ下、貴族の上層に許された色として据えられていたことになります。

位階と色の対応(養老律令・衣服令)
一位 深紫 / 二〜三位 浅紫 / 四位 深緋 #C9171E / 五位 浅緋 #DF7163 / 六位 深緑 / 七位 浅緑 / 八位 深縹 / 初位 浅縹

同じ緋でありながら、深いか浅いかで官位が一階級変わるという制度は、色が完全に社会的記号として運用されていたことを示しています。

染めの深さで色名を分けた中国の発想が、位階という別の目的に転用されて生き延びた、という見方もできそうです。

なお平安後期以降になると運用が変わり、四位以上が黒、五位が緋、六位以下が縹という、より単純な三分法へ移っていきました。

深緋は茜と紫草の重ね染めだった

ではその深緋がどう染められていたかというと、茜だけでなく紫草を重ねて染めることで、あの沈んだ深みを出していたと伝えられています。

紫草は当時もっとも高価な染料の一つですから、深緋という色は原料コストの面でも上位者にしか許されない色だったわけです。

色の序列と経済の序列が、きれいに重なっていたことになります。

「くれない」は、もとをたどれば外来語

呉藍が、くれないになるまで

紅を「くれない」と読むのは、日本語のなかでも屈指の当て字だと思うのですが、その由来はきわめて素直です。

紅花は中国大陸から渡来した染料植物で、当時これを呉の国から来た藍、すなわち「呉藍(くれのあい)」と呼んでいました。

この呉藍が音変化してクレナヰとなり、やがて紅という字が当てられるようになった、という筋道です。

藍という言葉が、青い染料に限らず「染料植物一般」を指していたことがここから分かります。

呉から来た染め草だからクレノアイ、という素朴な命名が千年以上を経て「くれない」という優美な語に化けたのだと思うと、言葉が時間をかけて磨かれていく様子が見えるようです。

紅花は高価で、濃い紅は制限された

紅花はきわめて多くの花を必要とするうえに、色素の含有量が少ない染料です。

深く濃い紅を得るには膨大な量の花と手間がかかり、平安期には濃い紅を庶民が着ることが制限された時期もありました。

江戸期になっても紅は贅沢品であり続け、玉虫色に光るまで紅を塗り重ねる「笹紅」のような化粧が流行したのも、その希少さゆえです。

紅という字が今もどこか華やかで女性的な語感をまとっているのは、この経済史がそのまま語感に沈殿した結果だと考えると、腑に落ちるところがあります。

神社の鳥居はなぜ朱なのか

辰砂は、防腐剤でもあった

鳥居や社殿が朱く塗られている理由として、魔除けや太陽信仰といった説明はよく見かけます。

それも間違いではないのですが、実務的な理由がもう一つあって、朱に用いられた水銀系顔料には、古代の棺などで防腐的な役割を果たしたとされる例もあります。

ただし、鳥居や社殿が朱く塗られた理由を防腐効果だけで説明することはできません。

信仰の色であると同時に、建築を長持ちさせる塗料でもあったわけです。

縄文時代の埋葬跡や弥生の甕棺、古墳の石室から水銀朱やベンガラが検出される例は数多く、赤い顔料が死者を守るために使われてきたことが分かっています。

魔を退ける色という観念が先にあったのか、腐らせない実効が先にあったのか、そこは簡単には決められませんが、両者が長い時間のなかで区別されずに融け合っていたことは確かでしょう。

丹生という地名が示すもの

全国に散らばる丹生(にゅう・にう)という地名や丹生神社は、かつてその周辺で辰砂が採掘されていた痕跡だとされています。

奈良や三重、和歌山、四国の一部に集中していることも知られており、地名の分布が古代の鉱物資源の地図として読める、というのはなかなか痺れる話です。丹という字が採掘坑の象形だったことを思い出すと、地名と字源が一本の線でつながります。

八字を実際に使い分けるための整理

現代日本語で生きている赤と、生きていない赤

ここまで古い話が続きましたので、現代の文章で実際に使えるかどうかという実用面から整理し直しておきます。

赤・朱・紅・緋の四字は、注釈なしでそのまま使えます。赤は説明不要として、朱は朱肉・朱印・朱塗りといった語で日常に定着していますし、紅は紅一点や口紅、緋は緋鯉や緋色といった形で生きています。

ただし緋はやや文語寄りで、日常会話に出すと少し気取って聞こえるかもしれません。

丹は色名としては使われなくなりましたが、丹念・丹精・丹頂といった熟語のなかに残っています。

ちなみに丹念の丹は「まごころ」の意で、これは赤い色から「偽りのない心」へ意味が広がった結果です。赭のほうはさらに影が薄く、日本画の代赭と、顔が赤らんださまを表す「赭ら顔」くらいでしか見かけません。

絳と赬にいたっては、現代日本語では実質的に使われない字で、漢文や中国古典を扱う文脈、あるいは意図的に古色を出したい創作のなかでのみ機能します。

使うなとは言いませんが、読者を選ぶ字だという自覚は必要でしょう。

文章のなかで選び分けるときの三つの目安

目安その一──温度で選ぶ

色相の軸で並べると、黄み寄りの端に朱と丹があり、中央に赤と緋、青み寄りの端に紅と絳が来ます。

夕焼けや炎、あるいは温かさを帯びた場面なら朱や丹が合いますし、血や情念、冷たさを含んだ赤には紅や絳のほうが馴染みます。

緋はちょうど中間で、燃えるような激しさを出したいときの汎用性が高い字です。

目安その二──塗るのか、染めるのかで選ぶ

これは字源の話がそのまま実用に降りてくるところで、顔料として塗られた赤なら朱・丹・赭、染料として染まった赤なら紅・緋・絳という切り分けが使えます。

漆器や鳥居、印肉、器物の彩色には朱や丹が、布や糸、衣装の描写には紅や緋がふさわしい。この基準を一本入れておくだけで、文章の赤がずいぶん整理されます。

目安その三──場面の格で選ぶ

絳と深緋は格式や権威と結びついた赤であり、宮廷や儀礼の場面に向いています。

逆に赭は罪や土や荒廃を背負った色で、うらぶれた場面や労働の描写に効きます。

朱は聖と俗のあいだを行き来できる便利な字で、鳥居のような神域にも、朱筆のような日常の実務にも使えます。

まとめ──赤の違いは、色相ではなく出自で切ると見通しがよくなる

八つの「あか」を並べてみて改めて思うのは、これらを色相のグラデーションとして理解しようとすると、どうしても曖昧なところで行き詰まるということです。

朱は黄み寄りで紅は青み寄り、といった説明は間違いではないものの、なぜそう分かれたのかまでは教えてくれません。

そこを字源から、つまり火・糸・石・木という出どころで切り直すと、途端に景色が変わります。赤は燃える火の名であり、紅と緋と絳は染めた布の名であり、丹は掘り出した鉱石の名、赭は赤い土の名、そして赬は染めた回数の名でした。

朱にいたっては、赤い芯の木なのか切り株なのかで説が割れたまま、色名としてだけ生き残っています。まったく別の場所で生まれた語が、たまたま同じような波長の光を指していたために、あとから「あか」という一つの棚にまとめられたにすぎません。

そう考えると、辞書の語釈がどれも「あかい」としか書いていないのも、無理からぬことなのだと納得がいきます。

八つの赤は同じ色の八段階ではなく、八つの異なる出自を持った語なのですから。

次に赤い何かを文章で書く機会があったら、その赤が塗られたものなのか染められたものなのか、火なのか石なのかを一度考えてみてください。

選ぶべき字は、案外あっさり決まるはずです。