「母」「垂乳女」「慈母」「母者人」の違いとは?意味・読み方・語源をたどる

「お母さん」を古い日本語や漢語で言い換えてみると、日本語には意外なほど多くの表現が見つかります。

なかでも「垂乳女(たらちめ)」「慈母(じぼ)」「母者人(ははじゃひと)」の三つは、現代の日常会話ではまず耳にしない言葉です。

恥ずかしながら私も、母者人という言葉をきちんと意識したのはこの記事を調べ始めてからでした。

どれも広い意味では「母」を表しますが、単なる古風な言い換えの寄せ集めではありません。

「垂乳女」は和歌の世界から生まれ、「慈母」は中国古典に由来する漢語として日本に入り、「母者人」は江戸時代の会話語として文献に姿を見せます。

そして「母(はは)」は、それらとは別に、日本語の最も基本的な親族語として古くから使われてきました。

つまりこの四つを並べると、上代・平安の和歌、中国の漢文文化、江戸の近世語、現代語という、まったく異なる日本語の「地層」が見えてきます。

以下、それぞれがどのように生まれ、どんな場面で使われてきたのかを一つずつたどってみましょう。

まず結論:「母」「垂乳女」「慈母」「母者人」の違い

言葉 読み方 成立・背景 言葉の性格 現代での使われ方
はは 日本語の基礎語彙。上代の文献にも見える 母親を表す基本的な和語 現在も日常的に使う
垂乳女 たらちめ 平安時代。「たらちねの」から生じたとされる 母を表す古風・雅語的な表現 古典・短歌などを除きほぼ使わない
慈母 じぼ 中国古典に由来する漢語として日本へ 慈愛の深い母を表す文章語 弔辞・文章・「厳父慈母」などで見られる
母者人 ははじゃひと 近世の会話語。江戸時代の浄瑠璃などに用例 親しみを込めて母をいう言葉 現代ではほぼ死語

ここで一つだけ先にお願いがあります。

この四語を「昔の母の呼び方いろいろ」とひとまとめにしないでほしいのです。

「垂乳女」は和歌・雅語、「慈母」は漢語的な文章語、「母者人」は近世の会話語であり、同じ「母」を指していても、生きていた言語空間そのものが違います。

この違いを意識するだけで、以下の話はぐっと面白くなるはずです。

「母」「垂乳女」「慈母」「母者人」を詳しく解説

「母」――日本語の土台にある基本語

「母(はは)」は、四語の中で唯一、現在もごく普通に使われている言葉です。

「私の母」「母が作った料理」のように、自分の母親を第三者に対していうときの標準的な表現であり、日本語の親族名称の中でも最も基本的な語の一つです。

では、なぜ漢字では「母」と書くのでしょうか。

漢字の「母」は、中国古代の字形をたどると「女」とよく似た形をしています。

一般には、「女」の字形に乳房を示す点を加え、子に乳を与える母親を表した字と説明されます。ただし注意したいのは、この字の成り立ちはあくまで中国語の歴史であり、日本語の「はは」という音の語源とは別だという点です。

日本にはもともと「はは」という和語があり、のちに中国から入ってきた漢字「母」が、その意味を表す文字として当てられたにすぎません。

昔の「母」は「パパ」に近い音だった?

「はは」という発音にも、実は長い歴史が隠れています。

日本語史では、現在のハ行の子音は古い時代には現在の「p」に近い音だったと考えられており、そのため古い時代の「母」は現代人の耳には「パパ」に近く聞こえる発音だった可能性があります。

その後、ハ行の子音は両唇摩擦音と呼ばれる音を経て、現在の「ハ・ヒ・フ・ヘ・ホ」に近い音へ変化していきます。

さらに日本語では、語中・語尾のハ行音がワ行系の音に変化する「ハ行転呼」と呼ばれる現象も起こりました。

「母」についても、歴史上「はわ」に近い形になった時期があったと考えられていますが、最終的には再び「はは」という形に定着しています。

なぜ戻ったのかについては親族名称どうしの類推など複数の説明があり、確定した理由が一つあるわけではありません。

それでも、「はは」という一見単純な言葉の背後に、これだけの音韻変化の歴史が隠れていること自体は、覚えておいて損はないでしょう。

「垂乳女」――「たらちねの」から生まれた母の雅語

「垂乳女」は「たらちめ」と読み、古風な言い方で「母」を表す語です。

ただし、最初から「垂乳女」という名詞が存在していたわけではありません。

その前段階として重要になるのが、枕詞の「たらちねの」です。

小・中学校の授業などで、俳句や短歌のテーマの時に聞いた人もいるでしょう。

「たらちねの」は『万葉集』にも登場する

「たらちねの」は、主に「母」にかかる枕詞として上代から使われてきました。

『万葉集』でこの語が用いられた例のほとんどは「母」にかかっており、少なくとも上代の段階では母との結びつきが非常に強い表現だったことがわかります。

その後、平安時代になると「親」にかかる例も現れるようになりました。

つまり、最初は母との結びつきが強く、のちに「親」へも用法が広がった、と考える方が実態に近いのです。

「たらちね」と「たらちめ」は同じではない

ここは意外と混同されやすいところなので、いったん整理しておきましょう。

意味・使い方
たらちねの 主として「母」にかかる枕詞。上代から見られる
たらちめの 「たらちねの」が変化した形。平安時代に見られる
たらちめ 母そのものを表す名詞

「垂乳女(たらちめ)」という名詞そのものが文献に現れるのは平安時代からで、「垂乳女は奈良時代以前から存在した」と説明してしまうと少し不正確になります。

奈良時代の段階ではあくまで「たらちねの」という枕詞があっただけで、そこから平安時代にかけて「たらちめ」「たらちめの」といった名詞の形が生まれた、という順番で理解するのが実態に近いでしょう。

「たらちね」は本当に「垂れた乳」という意味なのか

「垂乳根」「垂乳女」という漢字を見ると、どうしても「乳房が垂れた母」という意味に読めてしまいます。

ですが、ここには注意が必要です。

「たらちね」の語源自体は、実のところ確定していません。

「乳」と関係するという古い解釈は確かにありますが、「垂乳根」という漢字そのものが語源をそのまま表しているとは限らず、後世に当てられた表記から意味を逆算することはできないのです。

枕詞には、すでに上代の段階で本来の意味が分かりにくくなっていたものも少なくありません。

そのため、「たらちね=垂れた乳」と断定するのではなく、乳と結びつける解釈も古くからあるが語源は未詳、くらいに留めておくのが誠実な書き方だと思います。

父を表す「垂乳男」もあった

面白いことに、「垂乳女」と対になる形で「垂乳男(たらちを)」という、父を表す古語も作られています。

「たらちね」が古くから「母」と強く結びついていた一方で、後世になると「女」「男」という要素を加えることで、母と父をより明確に区別する語が整えられていったわけです。

言葉というのは最初から完成した形で降ってくるのではなく、使われるうちに輪郭がはっきりしていきます。

垂乳女と垂乳男の関係は、その好例だと思います。

「慈母」――中国古典から日本へ入った「慈しみ深い母」

「慈母(じぼ)」は、「母」や「垂乳女」とは成り立ちが大きく異なります。

これは日本で生まれた和語ではなく、中国古典で用いられてきた漢語です。

字のとおり、基本的な意味は「慈しみ深い母」「愛情の深い母」です。中国では古くから用例があり、唐代の詩人・孟郊の「遊子吟」にある「慈母手中線」という句でもよく知られています。

旅立つ子のために母が衣服を縫う情景を描いた詩で、「慈母」という言葉が母の深い愛情を象徴するように使われています。

日本でも平安時代初期には漢詩文の中にこの語が見え、かなり早い時期から文章語として受け入れられていたことがわかりますね。

「慈母」は母親の別名というより、性質まで含んだ言葉

「母」と「慈母」の違いは、「慈」という一字にあります。

「母」は単に母親を表しますが、「慈母」はその母が持つ慈しみ・愛情まで含めて表現する言葉です。

ですから、目の前にいる母親に向かって日常会話で「慈母、ちょっと来て」などと呼びかけることはありません。

主に文章の中で、母を敬愛したり、その慈愛を強調したりする際に使われる語で、「厳父慈母」という四字熟語もその代表例といえます。

ただし、「厳しい父・優しい母」という家族像だけを「慈母」という語の由来そのものだと考えるのは、少し話を単純化しすぎています。

「慈母」はもっと広く、中国古典の中で「慈しみ深い母」を意味した語であり、その漢語表現が日本の漢文文化にも取り入れられた、と捉えておくのがよさそうです。

「母者人」――江戸時代の台詞に残された、母への呼びかけ

「母者人」は「ははじゃひと」と読みます。

「垂乳女」や「慈母」と比べると、どこか急に生活感のある響きになったと感じる人もいるでしょう。

実際この言葉は、子などが母に親しみの気持ちを込めていう近世語で、「母である人」という構造を持っています。

「者」はあくまで当て字です。

『冥途の飛脚』にも登場する

文献上の早い用例として知られているのが、江戸時代の浄瑠璃『冥途の飛脚』です。

近世の作品の台詞に「母者人」が現れることから、少なくとも当時、母を表す親しみのある呼称として通じる言葉だったことがわかります。

ただし一つ注意したいのは、浄瑠璃に用例があるからといって、浄瑠璃の舞台で生まれた言葉だと断定はできないということです。

文学作品に記録されるより前から、実際の会話ですでに使われていた可能性は十分にあります。

「江戸の芝居小屋から生まれた言葉」というより、「江戸時代の会話語が、たまたま浄瑠璃という作品に記録されて今に残った」と考えた方が正確でしょう。

「母者」「父者人」もあった

「母者人」には、短くした「母者(ははじゃ)」という形もありました。また、父親を表す「父者人(ててじゃひと)」という対になる言葉も存在します。

現代人の感覚からするとかなり奇妙な響きに聞こえますが、当時の人々にとっては親を呼ぶごく自然な型の一つだったのでしょう。

和歌の中で母を美しく表現する「垂乳女」とも、漢文的に慈愛を強調する「慈母」とも違い、「母者人」からは当時の会話の空気そのものが伝わってくる気がします。

もっと知りたい

四つの言葉は「母」をどの角度から見ているのか

ここまで見てくると、「母」「垂乳女」「慈母」「母者人」が単なる同義語の寄せ集めではないことが見えてきましたね!

言葉 母をどのように捉える言葉か
親族関係としての母
垂乳女 和歌・古典表現の中で捉えた母
慈母 慈愛という性質を強調して捉えた母
母者人 親しみを込めて呼びかける相手としての母

同じ一人の母親であっても、言葉が生まれた世界によって見え方が変わってきます。

和歌の世界では「たらちねの」という音の響きによって母を呼び起こし、漢詩文の世界では「慈」という徳によって母を描き、江戸の会話では「母者人」と生活の中の相手として呼びました。

それぞれの言葉は、母という存在そのものだけでなく、その時代の人々が母をどんな言葉で捉えようとしたかを映しているとも言えるでしょう。

「母」と「乳」は本当に深い関係がある?

「母」の漢字には、授乳する女性の姿を思わせる成り立ちがあります。

一方、「たらちね」についても古くから「乳」と結びつける解釈があり、「垂乳根」「垂乳女」という漢字が当てられてきました。

ここだけを見ると、古代の人々は母を「乳を与える存在」として捉えていたのではないか、とまとめたくなります。

実は記事の構成を考えている段階では、私もその方向で書きかけていました。

しかし、この二つを安易に直結させることはできません。

「母」という漢字は中国で成立した文字であり、「たらちね」は日本語の枕詞です。

しかもその「たらちね」の語源自体が確定していない以上、「日本語における母の原イメージは乳だった」とまで断定するのは、さすがに言い過ぎになってしまいます。

それでも、母を表す言葉をたどっていくと「産む」「養う」「慈しむ」といった、子を育てる存在としてのイメージが何度も顔を出すのは確かです。

「母」という一語の背後に、身体、愛情、親族関係、呼びかけという複数の側面が重なっていること――この記事を通して面白いと感じたのは、結局そこでした。

今、「母」「垂乳女」「慈母」「母者人」はどう使えばいい?

現代における使い分けは、実はそれほど難しくありません。

現代語として、そのまま普通に使えます。自分の母親について第三者に話すときには「母」が最も一般的な選択で、「母は大阪に住んでいます」「昨日、母と電話で話しました」のように使います。

垂乳女

現代の日常会話ではまず使わない言葉です。古典文学について語る場合や、短歌・詩などで意図的に古風な響きを出したい場合に登場します。「たらちねの母」のように、枕詞としての形を知っておくと、古典を読むときに役立つ場面もあるでしょう。

慈母

会話語ではなく、格調のある文章語です。母の慈愛を強調して語りたい場面や、弔辞・追悼文、漢文調の文章などで使われることがあり、「厳父慈母」という四字熟語の形で目にする機会もあります。

母者人

現代語として使うことはほぼありません。江戸文学や人形浄瑠璃、歌舞伎などに触れるときに知っていると役立つ、歴史的な言葉だと考えておけばよいでしょう。

現代の「お母」「オカン」などと直接つながる語源関係があるわけではありませんが、母を親しみを込めて呼ぶという機能の面では、どこか通じるものを感じます。

まとめ:「母」の一語の背後には、いくつもの日本語の歴史がある

「母」「垂乳女」「慈母」「母者人」は、いずれも母親を表すことのできる言葉ですが、その成り立ちはまったく同じではありません。

  • 「母」は、日本語の最も基本的な親族語
  • 「垂乳女」は、上代の枕詞「たらちねの」から平安時代に生じた古風な母の呼称
  • 「慈母」は、中国古典から入った「慈しみ深い母」を表す漢語
  • 「母者人」は、江戸時代の文献に残る親しみを込めた母の呼称

四語を並べて見えてくるのは、「昔は母の呼び方がたくさんあった」ということだけではありません。

和歌の世界、中国から伝わった漢文文化、江戸の庶民的な会話、そして現代の日常語――それぞれ異なる場所で使われていた言葉が、「母」という一人の存在を通して重なり合っています。

普段は何気なく口にしている「母」という一語も、少し歴史をさかのぼるだけで、その背後に千年以上にわたる日本語の変化が見えてきます。

言葉の違いを知ることは、単に古語を覚えることではありません。

その言葉を使った人々が、母という存在をどう見て、どう呼び、どう文章に残してきたのかを知ることでもあるのだと思います。

また、当サイトでは下記のテーマでも作成しております。

もし気になったものがあったらぜひチェックしてみてくださいね。