「お父さん」と「お義父さん」。
どちらも声に出せば同じ「おとうさん」ですが、文字にすると少し意味合いが変わります。
「お父さん」は、父親を呼ぶときに広く使われる一般的な呼び方です。実の父親だけに限られるわけではなく、養父や継父、結婚相手の父親を本人に向かって「お父さん」と呼ぶこともあります。
一方の「義父(ぎふ)」は、実父とは異なる関係にある父を表す言葉です。代表的なのは配偶者の父ですが、辞書上は養父や継父を指す場合もあります。

「お義父さん」と書けば、「実の父ではない父親」であることを文字の上で分かりやすく示せるわけです。
ただし、本人への呼びかけでは「お義父さん」と書くか「お父さん」と書くかに絶対的な決まりがあるわけではありません。
LINEや手紙では、あえて「お父さん」と書く人も少なくありません。
では、この違いを生んでいる一文字の「義」には、そもそもどんな意味があるのでしょうか。
調べていくと、ここが思った以上に奥深いところでした。
なぜ血のつながらない父に「義」の字を使うのか

「義」は、儒教の五常「仁・義・礼・智・信」の一つとして知られ、「人として守るべき正しい道」「道理にかなっていること」といった意味を持つ漢字です。
字源については、「羊」と「我」を組み合わせた字とされます。
「我」は古い字形では刃物を表したとする説があり、神に供える羊を整える姿から「正しい」「よい」といった意味につながったと説明されることがあります。
普段何気なく使っている「義父」の「義」ですが、字源までたどると、かなり古い宗教的な世界に行き着きます。
そして「義」には、現在では「血縁によらず成立した親族関係」を表す用法があります。
「義父」「義母」「義兄」「義弟」といった言葉がその代表です。
つまり「義父」は、「正しい契約によって父になった人」と単純に説明できるわけではありませんが、少なくとも血縁とは別のつながりによって生じた父親関係を表す言葉として定着している、と考えるのが分かりやすそうです。
実は「義父」と呼ばれる人には3つの関係がある
日常ではどれも「お義父さん」と呼ばれることがありますが、法律の目で見ると、養父・継父・配偶者の父では立場がかなり違います。
| 呼び方 | 関係 | 法律上の親子関係 | 法定相続権 |
|---|---|---|---|
| 養父 | 養子縁組をした父 | あり | あり |
| 継父 | 母の再婚相手(養子縁組なし) | なし | 原則なし |
| 配偶者の父 | 夫または妻の父 | なし | 原則なし |
養子縁組をすると、民法上、養子と養親との間には法律上の親子関係が生じます。
そのため養父は、原則として実父と同じように法定相続の対象になります。
一方、母の再婚相手である継父とは、再婚しただけでは親子関係は生まれません。
配偶者の父についても同じで、親族ではありますが、法律上の親子になるわけではありません。
長いあいだ一緒に暮らして、本当の親子のような関係になっていたとしても、法律上の扱いは感情とは別です。
このあたりは、普段「お義父さん」とひとまとめに呼んでいるだけでは、なかなか意識しない違いかもしれません。
義父を長年介護しても相続人になれるとは限らない
もう一つ知っておきたいのが、相続との関係です。
たとえば、夫の父を妻が何年も無償で介護していたとしても、その妻は通常、義父の法定相続人ではありません。
以前は「これだけ世話をしたのに、法律上は何も受け取れない」というケースが問題になることがありました。
そこで2018年の民法改正によって設けられ、2019年7月1日から施行されたのが「特別寄与料」の制度です。
相続人ではない親族が、被相続人に対して無償で療養看護などを行い、その結果として財産の維持や増加に特別な貢献をした場合、一定の条件のもとで相続人に金銭を請求できるようになりました。
療養看護の場合、実務上は「介護サービスを第三者に頼んだ場合の報酬相当額 × 日数 × 一定の調整割合」といった考え方が参考にされることがあります。
ただし、法律で「1日○円」と一律に決められているわけではありません。
また、家庭裁判所に特別寄与料を求める場合には、原則として相続の開始と相続人を知った時から6か月以内、かつ相続開始から1年以内という期間制限があります。
「義理の親をどれだけ世話しても何も残らない」という従来の問題に対して、法律が少しだけ現実の家族関係に近づいた制度ともいえそうです。
「舅」「岳父」「義父」——似ているようで少し違う
配偶者の父を表す日本語は、「義父」だけではありません。
| 場面 | 使われる言葉 |
|---|---|
| 本人に直接呼びかける | お父さん、お義父さん |
| 第三者に話す | 義父、義理の父、夫の父、妻の父 |
| 書き言葉・改まった表現 | 義父、舅 |
| 訃報・弔電など | 義父、岳父(妻の父の場合) |
「舅(しゅうと)」は、配偶者の父を表す古い言葉です。夫の父にも妻の父にも使うことができますが、現代ではやや古風で、日常会話で本人を「舅」と呼ぶことはまずありません。
これに対して少し特殊なのが「岳父(がくふ)」です。
岳父は、基本的に妻の父を婿側から見て呼ぶ言葉です。
つまり、妻が夫の父を「岳父」と呼ぶことはありません。
同じ「配偶者の父」なのに、なぜ妻の父だけにこんな特別な言葉があるのでしょうか。
ここから急に、話が1300年ほど昔の中国まで飛びます。
「岳父」の由来には諸説ある——唐の時代に伝わる有名な逸話
「岳父」の「岳」は山を表す字です。
妻の父と山に何の関係があるのか、最初に見るとかなり不思議です。
この語の由来については複数の説がありますが、有名なのが唐の玄宗の時代に伝わる逸話です。
当時、宰相だった張説(ちょうえつ)が、泰山で行われた国家的な祭祀「封禅」に関わりました。
その後、張説の娘婿である鄭鎰(ていいつ)が異例ともいえる昇進をしたと伝えられています。
これを不審に思った玄宗が理由を尋ねたところ、宮廷の芸人・黄幡綽が、泰山にかけて「これも泰山の力でしょう」と皮肉を込めて答えた、という故事が残されています。
つまり、「妻の父の力で婿が出世した」という話です。
この逸話と「岳父」という言葉の関係は古くから語られていますが、これだけが唯一確定した語源というわけではありません。
泰山にある峰の名称に由来するとする説などもあります。
ですから、「この故事から岳父という言葉が生まれた」と断言するよりも、妻の父を「岳」にたとえる文化的背景を説明する有名な故事の一つと考えるのがよさそうです。
それにしても、現代では葬儀や弔電で見る程度の「岳父」という二文字をたどっていったら、中国宮廷の出世話にまで行き着きました。
言葉の由来を調べていると、こういう思いがけない寄り道があるから面白いものです。
「舅」のもうひとつの顔——おじ、そして番犬
「舅」という漢字も、調べてみるとなかなかクセのある言葉です。
現在は主に「配偶者の父」を意味しますが、古い用法では母方のおじなどを指すこともありました。時代によって意味の範囲が変わってきた言葉なのです。
さらに驚いたのが、昔の盗人仲間の隠語では、「舅」が番犬を意味した例が辞書に残っていることです。
「義理の父が家を見張っているから番犬なのだろう」と想像したくなりますが、残念ながら、その由来まで確実に説明できる資料は確認できません。
ここは面白いだけに、勝手に話を作らないほうがよさそうです。
「舅」という一字が、配偶者の父だけでなく、おじや番犬まで表したことがある。
こうして古い用例を並べてみると、今の意味だけから漢字を理解するのはなかなか難しいものです。
実際、みんなは義理の父を何と呼んでいるのか

では、現代の人は実際に義理の父をどう呼んでいるのでしょうか。
結婚情報サイト「みんなのウェディング」が2021年12月に227人を対象として行った調査では、義父本人への呼びかけとして「お義父さん(おとうさん)」を使う人が72.2%でした。
7割を超えているので、かなりの多数派です。
一方で、「どう呼べばいいのか分からず、できるだけ呼びかけ自体を避けている」という人もいます。
付き合っている間は「○○ちゃんのお父さん」だった相手を、結婚した途端に「お父さん」と呼ぶとなると、最初の一回にはちょっと勇気が要りそうです。
呼び方を変える時期としては、「交際中」「結婚が決まったとき」「入籍・挙式をしたとき」などに分かれており、家族になるタイミングに合わせて呼び方を変える人が多いようです。
迷った場合は、パートナーに「何て呼べばいいかな」と聞いてしまうのが一番確実です。
ここまで「義」の字源を調べ、1300年ほど前の中国までさかのぼってきたのに、実生活での答えは驚くほど単純でした。
外国語では「妻の父」と「夫の父」を分ける言語もある
義理の父の呼び方は、言語によってもかなり違います。
| 言語 | 妻の父 | 夫の父 |
|---|---|---|
| 日本語 | 義父・お義父さん | 義父・お義父さん |
| 韓国語 | 장인(チャンイン)など | 시아버지(シアボジ) |
| 中国語 | 岳父など | 公公など |
| 英語 | father-in-law | father-in-law |
韓国語や中国語では、妻の父と夫の父を別の単語で表すことがあります。
一方、日本語の日常的な「義父」と英語の「father-in-law」は、夫側の父なのか妻側の父なのかを単語そのものでは区別しません。
日本語にも「岳父」のような妻の父専用の古い言葉はありますが、普段の会話では「義父」「お義父さん」が両方に使われます。
英語でも、関係を説明するときには「father-in-law」と言えますが、本人に直接何と呼びかけるかは別の話です。
ファーストネームで呼ぶ家庭もあれば、「Dad」と呼ぶ家庭もあり、人によってかなり違います。
結局、日本でも海外でも「義理の親を何と呼ぶのが正解か」という問題には、辞書だけでは決められない部分があるようです。
まとめ
「お父さん」と「お義父さん」は、声に出せばどちらも「おとうさん」ですが、文字にしたときの役割には違いがあります。
「お父さん」は父親に対する一般的な呼び方で、実父だけに限定される言葉ではありません。
一方の「義父」は、配偶者の父、養父、継父など、実父とは異なる関係にある父親を表す言葉です。
さらに掘り下げてみると、同じ「義理の父」と呼ばれる人でも、養父・継父・配偶者の父では法律上の関係がまったく異なります。
そして「岳父」という二文字を追いかければ唐の中国までたどり着き、「舅」を調べればなぜか盗人の隠語の「番犬」まで出てきます。
最初は「お父さんとお義父さんの違い」を調べるだけのつもりでも、言葉というのは掘るほど思わぬ方向へ広がっていくものです。
ただ、実際の家庭で一番大切なのは、「義父ならこう呼ばなければならない」というルールではありません。
相手がどう呼ばれたいか、自分がどんな呼び方なら自然に感じるか。その二つをすり合わせて決めるのが、結局はいちばん気持ちのいい答えなのだと思います。
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