賞味期限と消費期限の違いを調べていたとき、消費者庁が2025年3月にまとめた「食品期限表示の設定のためのガイドラインの見直し検討会 取りまとめ」という資料に、気になる一文を見つけました。
流通の段階も含めて冷蔵保存を7℃で行い、それによって期限を2倍に延ばしている事業者の事例が認められた、というのです。
冷蔵庫を冷やしておけば食べ物が長持ちするのは誰でも知っていますが、期限の日付そのものが倍になる事例が国の資料に載っているとは思っていませんでした。
ただし、この一文を「10℃から7℃へ3℃下げたら期限が2倍になった」と読むことはできません。

資料に書かれているのは、流通を含めて7℃で管理し、期限を2倍に延ばしている事例があったというところまでで、もとが何℃で何日だったのかは分からないんです。
それでも、わずか数℃の管理のしかたが期限の長さと深く結びついていることは伝わってきますし、それならわが家の冷蔵庫も強にしておけば得なのでは、と一瞬思ってしまったのが正直なところです。
ところが、同じことを家庭でやっても、パッケージに印字された日付は1日も延びません。
この記事では、業者にできて家庭にできない理由を順番にほどいていき、それなら家庭の冷蔵庫では何をするのがいちばん効くのか、というところまでたどり着きたいと思います。
賞味期限と消費期限そのものの違いや決まり方については、下記で詳しく書いていますので、あわせて読んでいただけると話がつながりやすいはずです。
業者が7℃で期限を2倍にできたのは、約束の範囲が違うからです
期限の日付は「この温度で置いた場合」という条件つきの約束です
家庭で延びない理由を知るには、まず期限の日付がどうやって決まるのかを押さえておく必要があります。
賞味期限も消費期限も、メーカーが感覚で決めた数字ではなく、菌の数を調べる微生物試験や、成分の変化をみる理化学試験、味やにおいを人が確かめる官能検査など、その食品に合った客観的な根拠をもとに決められています。
食品によっては文献や似た商品の試験結果を参考にすることも認められていて、そうして得られた日数に安全係数と呼ばれる1未満の数字を掛けたり、一定の日数を差し引いたりして、少し余裕をもたせた日付が表示されるわけです。
どの方法で決めたにしても、あの日付は「定められた方法で保存した場合に」という条件とセットになった約束であり、条件の部分はパッケージの「保存方法」の欄に書かれています。
冷蔵庫にある豆腐やハムの裏面を見ると、「要冷蔵(10℃以下)」や「4℃以下で保存」といった表記が見つかるはずで、期限の日付はこの一行を前提にして初めて意味をもつ数字なんです。

7℃の事例は、流通まで含めた7℃でした
そう考えると、先ほどの事例で大事なのは「流通時も含めて」という部分だと分かります。
店や家庭の冷蔵庫だけを7℃にしたという話ではなく、商品が運ばれていく段階まで含めた温度管理そのものを、期限の決め方に結びつけた事例だと読めるからです。
どの工程をどう管理したのか、保存試験をどうやり直したのかといった細かいところまでは取りまとめに書かれていません。
ただ、期限は表示する事業者が科学的な根拠をもって決めるものですから、7℃という保存条件と2倍の日数は、その事業者が責任をもってセットで示したものだと考えるのが自然でしょう。
一方、家庭の冷蔵庫をいくら冷やしても、手もとの食品の日付はメーカーが決めた保存条件を前提にしたままですし、その食品がわが家に届くまでの道のりまで冷やし直せるわけでもありません。
約束の中身は何ひとつ変わらないので、印字された日付もそのままなのです。
同じ取りまとめに書かれていた、もうひとつの本音
この取りまとめには、期限の決め方をめぐるもう少し踏み込んだ話も出てきます。
これまで国のQ&Aでは、品質のばらつきが少ない食品の安全係数は「0.8以上を目安に」とされてきたのですが、実態調査では0.8未満に設定している品目が約4割もあり、必要以上に期限が短くなっているおそれが問題になりました。
そこで今回の見直しでは「0.8」という数字を示すこと自体をあらため、食品の特性に応じてできるだけ1に近づけるのが望ましい、という方向に変わっています。
さらに将来の検討課題として、冷蔵の温度帯を10℃より低くすれば期限の延長と安全性を両立できる、という意見も紹介されています。
設備投資や従業員教育を考えるとすぐに実行するのは非常に難しい、という但し書きはついているものの、温度をきちんと管理できれば期限はまだ延ばせると専門家たちが考えていることは確かです。
食品ロスを減らす手段として、温度がそれだけ期待されているのだと読み取れます。
食品ロスの原因は温度だけでなく流通の商慣習にもあって、その代表が下記のルールです。
家庭の冷蔵庫は、思っているほど冷えていないかもしれません
期限を決める側は、家庭の冷蔵庫をあまり信用していません

業者の温度管理と家庭の冷蔵庫では、そもそも何がそんなに違うのでしょうか。
ヨーロッパには、家庭の冷蔵庫の中が実際に何℃なのかを調べた研究がいくつもあります。
2024年に学術誌「Food Microbiology」に載ったボナンノ氏らの論文は、過去の研究と各国の検査機関へのアンケートをもとに、それらのデータを集めて整理したものです。
研究を主導したフランスの食品安全機関ANSESの発表によれば、対象はEU加盟14か国にイギリスとノルウェーを加えた16か国で、17の研究と10の国別調査を見直しています。
その結果、家庭用冷蔵庫の平均温度は6.4℃、調査した冷蔵庫の95%は10℃未満だったそうです。
この結果を受けて、リステリアという菌を対象に、加熱せずに食べられる冷蔵食品の日持ちを調べるためのEUの技術指針では、試験のなかで「消費者の家に置かれている期間」を再現する温度が、従来の12℃から10℃に見直されました。
食品全般の期限を一律に10℃で試験するという意味ではありませんが、少なくともこの分野の専門家たちは、家庭の冷蔵庫を4℃の理想的な箱としてではなく、平均で6℃台、場合によっては10℃近くまで上がる場所として見積もっているわけです。
日本の家庭についてこれほど大がかりな調査は私の調べた範囲では見つかりませんでしたが、「うちは大丈夫」と言い切れる人がどれだけいるかを考えると、他人事ではない数字だと感じます。
設定が「中」でも、置き場所と使い方で温度は大きく変わります
平均6.4℃という数字にはばらつきの原因があって、日本の公的機関が呼びかけている注意点を見ると、その正体が見えてきます。
厚生労働省の「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」は、冷蔵庫を10℃以下に保つことと、詰めすぎに注意して7割程度を目安にすることを挙げています。
農林水産省も冷蔵室の適温は4℃前後だとしたうえで、詰め込みすぎると冷気の流れが悪くなって温度にムラができると説明しており、できれば庫内に温度計を入れて確かめてほしいとまで書いているんです。
ドアポケットは、庫内でいちばん不利な席です
温度のムラがとくに出やすいのが、ドアを開けるたびに外の空気をまともに浴びるドアポケットです。
たとえばシャープの案内では、周囲温度30℃、温度調節「中」、食品を入れずにドアを閉じて安定させたときの目安として、冷蔵室の棚が約2〜5℃なのに対し、ドアポケットは約3〜7℃とされています。
ただし冷気の吹き出し口の位置や棚ごとの温度は機種によって違うので、「下段のほうが冷たい」などと一律に決めつけず、取扱説明書で自宅の冷蔵庫のよく冷える場所を確かめておくのが確実です。
牛乳や卵をドアポケットに入れるのは定番ですが、期限の近い要冷蔵品ほど、そうして確かめた場所やチルド室に移してあげたほうが理にかなっていますよね。
買い物帰りの30分が、鎖の切れ目になります
冷蔵庫の中だけでなく、冷蔵庫に入るまでの時間も温度管理の一部です。
流通まで含めた温度管理を一本の鎖にたとえるなら、その鎖がいちばん切れやすい場所は、店のレジからわが家の冷蔵庫までの道のりでしょう。
夏の車内や自転車のかごの中では、パッケージに書かれた保存条件をあっさり超えてしまうことがあるので、厚生労働省は冷蔵や冷凍の必要な食品を買い物の最後に買い、早めに帰るよう呼びかけています。
要冷蔵の食品を最後にかごへ入れる、保冷バッグや保冷剤を使う、帰ったら真っ先に冷蔵庫へ入れる、といった昔ながらの心がけには、ちゃんと理由があったのだと改めて思わされます。
冷やしても「止まる」のではなく「ゆっくりになる」だけです
冷蔵庫の温度でも増える菌がいます

温度をきちんと守ったとしても、冷蔵はもともと万能ではありません。
厚生労働省の資料には、細菌の多くは10℃で増殖がゆっくりになり、マイナス15℃で増殖が止まるけれども、死ぬわけではないと書かれています。
冷蔵はあくまで時間をかせぐ技術であって、菌の時計を止める技術ではないんです。
しかも、低い温度を苦にしない菌もいます。
食品安全委員会の資料では、エルシニア菌が発育できる下限は3.3℃とされています。
さらに、ガイドライン見直しの検討会で国立医薬品食品衛生研究所の岡田由美子氏が示した資料によれば、リステリアという菌はマイナス0.4℃でも増えることができるんです。
同じ資料は、5℃から10℃の冷蔵で流通し、加熱せずに食べられ、保存期間が数日以上ある食品をリスクの高い条件として挙げていて、たらこやスモークサーモン、浅漬けなどの市販品からこの菌が見つかった調査結果も紹介しています。
冷蔵庫に入れたから安心、とは言い切れない理由がここにあります。
開封したら、日付の約束はそこで終わります
菌の話とあわせて忘れてはいけないのが、期限の日付は未開封が前提だという点です。
消費者庁のガイドラインも、開封すると雑菌が入ったり酸素に触れたりして品質が急速に落ちるため、期限内であっても安全に食べられるとは限らない、とはっきり書いています。
封を切った瞬間から、その食品はメーカーが試験した状態ではなくなり、台所の空気や箸についた菌と一緒に過ごすことになるわけです。
「開封後は○日以内に」といった表示があればそれに従い、とくに書かれていなければ、印字された日付をあてにせず、できるだけ早めに食べ切るのが基本になります。
それでも家庭でできることは、意外とあります
「強」にするより、詰め込みを減らすほうが得です
ここまで読むと、では冷蔵庫を強にしておこうと思うかもしれませんが、その前に電気代の話を見ておいてください。
資源エネルギー庁の省エネポータルサイトによると、周囲温度22℃の条件で設定を強から中に変えると年間61.72kWh、金額にして約1,910円の節約になるとされています。
同じ試算条件で比べれば、強のまま使い続けるとそれだけ余分に電気を使う計算になるわけです。
一方で、詰め込んだ状態から中身を半分にした場合の節約は年間43.84kWhで約1,360円、開けている時間を20秒から10秒に縮めるだけでも年間約190円の節約になるそうです。
詰め込みを減らすことと開閉を短くすることは、庫内の温度を安定させる効果と電気代を下げる効果が同じ方向を向いているので、めずらしく都合のよい対策だと言えます。
温度を下げるために電気を余分に使うより先に、冷気の通り道をあけてあげるほうが、食品にも家計にもやさしいわけです。
本当に日持ちを延ばしたいなら、冷凍という別の道があります
それでも期限までに食べ切れそうにない肉や魚、パンなどは、早めに冷凍してしまうのが現実的な答えになります。
厚生労働省の説明では多くの細菌はマイナス15℃で増殖が止まるとされていますから、冷蔵よりもはるかに長く時間をかせげるんです。
ただし菌が死ぬわけではなく、乾燥や酸化、食感の変化といった品質の劣化まで止まるわけでもありません。
印字された日付が延びるわけでもなく、冷凍はメーカーの約束の外に出て、ここから先は自分で管理しますと宣言するようなものです。
だからこそ期限の直前ではなく余裕のあるうちに冷凍し、食品に合った方法で解凍したら早めに食べ切るのが基本になります。
まとめ:日付は延ばせなくても、日付どおりに食べられる冷蔵庫はつくれます

7℃で期限を2倍にした事例は、家庭の冷蔵庫の話ではなく、流通まで含めた温度管理を期限の決め方に結びつけた事業者の話でした。
家庭の冷蔵庫はその鎖の外側にあり、ヨーロッパの調査では平均6.4℃、リステリアの試験では家庭での保存を10℃と見積もるようになっているというのが、調べてみて分かった少しほろ苦い現実です。
だからこそ家庭でめざしたいのは、期限を延ばすことではなく、印字された日付までちゃんとおいしく安全に食べられる状態を守ることだと思います。
詰め込みを7割までにして、期限の近いものはドアポケットを避けてよく冷える場所に置き、買い物から帰ったらすぐにしまい、開封したら日付をあてにせず早めに食べ切る。どれも地味な習慣ですが、7℃で2倍という数字が教えてくれるのは、食品にとって数℃の違いがどれほど大きいかということです。
そしてその数℃を左右するのは設定ダイヤルだけでなく、詰め込み方やドアの開け閉め、置き場所、買い物から帰るまでの時間といった毎日の使い方でもあるのです。
■参考にした一次資料
- 消費者庁「食品期限表示の設定のためのガイドラインの見直し検討会 取りまとめ」(令和7年3月)
- 消費者庁「食品期限表示の設定のためのガイドライン」(令和7年3月)
- 国立医薬品食品衛生研究所 岡田由美子「食品中の低温増殖性食中毒菌について」(令和6年度 第3回ガイドライン見直し検討会資料)
- 厚生労働省「家庭でできる食中毒予防の6つのポイント」
- 農林水産省「冷蔵庫のかしこい使い方~知ってお得な食品の保存~」
- 食品安全委員会 石井克枝委員 講演資料「冷蔵庫に入れれば大丈夫?~食品の保存を理解する~」
- 資源エネルギー庁 省エネポータルサイト「無理のない省エネ節約(キッチン)」
- Bonanno et al., Which domestic refrigerator temperatures in Europe?, Food Microbiology(2024年)
- ANSES「Domestic fridge temperatures studied in Europe to better protect consumers」(2025年4月)
- シャープ サポートQ&A「各室の温度は?」
