
前回の記事で「賞味期限と消費期限がどう決まるのか」を調べていたとき、農林水産省の資料の片隅に「3分の1ルール」という言葉が何度も出てくるのが気になっていました。
賞味期限をまだ何か月も残した食品が、お店の棚に並ぶことすらなく倉庫から消えていくという話で、最初は何かの例外的なトラブルのことだろうと思っていたんです。
ところが読み進めるうちに、それが例外どころか、30年近く続いてきた日本の食品流通の「決まりごと」だとわかってきました。
しかもその決まりごとは、どの法律にも書かれていません。今回はその続きとして、賞味期限の日付が決まったあとに食品を待ち受けている、もうひとつの見えない期限の話をします。
3分の1ルールとは何か
賞味期間を三つに切り分ける約束ごと
3分の1ルールとは、製造日から賞味期限までの期間を3等分して、最初の3分の1が過ぎるまでに小売店へ納品し、次の3分の1が過ぎたら棚から下ろす、という食品業界の商慣習です。
商慣習というのは、法律ではないけれど業界の中で長く守られてきた取引のやり方のことで、農林水産省もこれを「賞味期間の3分の1以内で小売店舗に納品する慣例」と説明しています。

賞味期間6か月のチョコレートで計算してみる
賞味期間が6か月、日数にして約180日のチョコレートで考えてみましょう。
このチョコがメーカーや問屋の倉庫にいられるのは製造からおよそ60日までで、そこを過ぎると賞味期限があと4か月残っていてもスーパーは受け取ってくれません。
運よく納品できたとしても、製造から約120日を過ぎた時点で棚から外され、値引きか返品か廃棄のどれかが待っています。
つまり6か月のうち、消費者が店頭で手に取れるのは真ん中の2か月だけで、最後の2か月は「買った人が家でゆっくり食べるための時間」として最初から取り分けてあるわけです。
親切な設計に見えますが、その裏側では、納品期限をわずかに過ぎただけの食品が通常の納品先を失い、返品や廃棄に回ることがあります。
アメリカは2分の1、イギリスは4分の3
見直しの議論が始まった2013年ごろの報道では、同じ納品期限がアメリカでは賞味期間の2分の1、イギリスでは4分の3が一般的だと紹介されていました。
いまの米英すべての店に当てはまる統一基準ではないにしても、当時の比較で日本の3分の1がかなり短かったことは確かで、農林水産省の資料にも「諸外国に比べて厳しい」という表現が出てきます。
日本の消費者は鮮度にうるさいからだ、というのがよく聞く説明です。
ただ、それだけの理由で30年も続くものなのかは、もう少し掘ってみないとわかりません。
3分の1ルールは法律違反になるのか
守らなくても違反ではない、が出発点

このルールを検索する人の多くが知りたいのは、おそらく「破ったら罰せられるのか」という点でしょう。
答えははっきりしていて、食品衛生法にも食品表示法にも「賞味期間の3分の1までに納品しなければならない」という規定はありません。
売り手と買い手が2分の1やそれより遅い納品期限で合意しても、そのこと自体が法律違反になることはなく、消費者庁も3分の1ルールを「法律等で定められているものではない」商慣習だと説明しています。
もちろん、当事者どうしで結んだ契約上の約束や、食品の安全・表示に関する義務はまた別の話です。
ここまでは他の解説サイトにも書かれていることなのですが、2025年になって、この話は思わぬ方向へ一段と具体的になりました。
2025年5月、公正取引委員会が示した「逆向きの違反」
2025年5月12日、公正取引委員会が「フードサプライチェーンにおける商慣行に関する実態調査報告書」を公表しました。
フードサプライチェーンとは、食品が作られてから店に並ぶまでの流れ全体のことで、製造業者と卸売業者あわせて17,445社にアンケートを送り、4,706社から回答を得るという大がかりな調査でした。
その中で、3分の1ルールが正面から取り上げられています。

71.3%が不満を抱えながら従っていた
報告書によると、3分の1ルールで取引している納入業者1,148社のうち818社、割合にして71.3%が、このルールに何らかの不満を感じていると答えました。
理由として多かったのは、納品できなかった商品の損失を自分たちだけが負担させられていることや、期限について話し合いの場がなく一方的に決められていることです。
食品ロスを減らそうと言われる時代に、まだ食べられるものを出荷できないのは理解できない、という趣旨の声も報告書には収められています。
同じ調査では、注文から納品までの時間が短すぎる「短いリードタイム」に83.9%、品切れを起こすと罰金を取られる「欠品ペナルティ」に85.2%が不満を示していました。
こうして数字を並べてみると、3分の1ルールは単独の問題というより、力の強い買い手と弱い売り手という関係から生まれた慣習のひとつなんだという構図がうかがえます。
「守らせ方」によっては独占禁止法に触れる
そのうえで公正取引委員会は、3分の1ルールの運用が独占禁止法の「優越的地位の濫用」にあたりうる場面を具体的に示しました。
優越的地位の濫用とは、立場の強い側がその強さを利用して相手に不利益を押しつけることで、報告書は例として、製造業者と協議しないまま小売業者と卸売業者だけで納期を3分の1ルールで決めて一方的に通告することを挙げています。
天災のように製造業者に責任のない事情で間に合わないと事前に相談を受けたのに、一方的に受け取りを拒否することも同じく問題になりうる、と書かれています。
さらに、スーパーが自社ブランド(プライベートブランド)の商品を製造委託しているような取引で下請法の適用条件を満たす場合には、「受領拒否」や「不当な返品」にあたる可能性もあると指摘されました。

その下請法は2026年1月に改正され、いまは「取適法(中小受託取引適正化法)」という名前に変わっています。
農林水産省が2026年1月に改定した取引ガイドラインでも、3分の1ルールを理由にした受領拒否は取適法第5条に違反するおそれがあると明記されました。
念のために書いておくと、2025年に3分の1ルールそのものが違法になったわけではなく、優越的地位の濫用という考え方も以前からあったものです。
新しいのは、このルールを理由にした一方的な受領拒否や返品がどんな条件で問題になるのかが、具体例つきで公的に示された点なんです。
「破ったら違反か」と心配されてきたルールについて、話し合いもなく押しつける側のほうが法律に触れるかもしれないと国の機関が書いたわけで、資料を読んでいていちばん驚いたのはここでした。
法的根拠がないのに、なぜ30年も残ったのか
始まりは1990年代、実はメーカーにも都合がよかった

3分の1ルールは1990年代にある量販店が鮮度を保つ目的で採用し、それが業界全体に広がったとされています。
前回の記事で触れたとおり、日本の食品表示が「製造年月日」から「期限表示」へ切り替わり始めたのが1995年で、完全移行が1997年でした。
賞味期限という物差しが店頭に登場したのとほぼ同じ時期に、その物差しを3つに切る慣習も生まれたことになります。
そこで興味深いのが、東京新聞の解説にある「小売店によって納品期限が異なればメーカーの対応が大変になるため、統一したという事情もあった」という一節です。
店ごとに「うちは4分の1」「うちは5分の2」と言われるより、どこも3分の1でそろっていたほうが、出荷を管理する側にとっても楽だったわけですね。
成立当時の経緯を示す一次資料までは確認できていませんが、この説明に従うなら、強い側が弱い側に押しつけただけのものではなく、当初はメーカーにとっても便利な共通語だったという面があったことになります。
小売・メーカー・消費者、それぞれの「やめられない理由」
お店にとっては在庫リスクを減らす盾
小売店の立場で考えると、納品期限が早いほど、棚に並べてから売り切るまでの時間に余裕ができます。
売れ残りは店の損失になるので、できるだけ新しい商品を受け取りたいのは自然な感覚でしょう。
実際、2013年の東洋経済の記事は、3分の1どころか4分の1や6分の1を求める小売店まで現れていたことと、2010年度に卸・小売からメーカーへの返品・受取拒否が推計1,139億円にのぼっていたことを伝えています。

1社だけやめると損をする構造
ここに、この慣習がなかなか変わらない理由のひとつがあります。
日付の新しい商品を好むお客さんがいる以上、ある1社のスーパーだけが2分の1に緩めると「うちの棚だけ古い商品が増えて、客が離れるのではないか」という不安が生まれるからです。
全員が一斉にやめれば誰も損をしないのに、1人だけ先にやめると損をする。
授業で習う「囚人のジレンマ」とよく似た形をしていて、誰も悪意を持っていないのに、全体としては大量の廃棄が生まれてしまうのです。
法律ではないルールは、法律では廃止できない
もうひとつ、調べながら気づいたことがあります。法律であれば国会で改正案を通せば全国一斉に変えられますが、3分の1ルールはそれぞれの小売や卸が自社の取引条件として設定しているもので、条文もなければ、まとめて廃止を宣言できる人もいません。
変えるには、何百という会社が一社ずつ自分の取引条件を書き換えていくしかないわけです。
法的根拠がないことは弱さに見えて、実は「一斉に変える手続きが存在しない」という、やっかいな強さでもありました。
国も長いあいだ呼びかけが中心だったのですが、次に見るように、近年は省令やガイドライン、独占禁止法や取適法の運用を通じて見直しを促す段階に入っています。
国はどう動いたか 2012年から2026年までの年表
35社の実験でわかった、都合の良い結果と悪い結果

農林水産省の支援で、メーカー・卸・小売の代表が集まるワーキングチームが発足したのは2012年10月でした。
翌2013年8月から半年間、イオンリテール、イトーヨーカ堂、セブン‐イレブン・ジャパン、ファミリーマート、ローソンなど35社が参加して、飲料と菓子の納品期限を2分の1に緩めてみる実証実験が行われています。
最終報告によれば、飲料と賞味期間180日以上の菓子では、納品期限を緩めても店頭での廃棄は増えませんでした。
全国に広げた場合の削減効果は、飲料が39,384トン(約71億円)、菓子が1,235トン(約16億円)、あわせて約4万トン・約87億円と推計されていて、多くの解説記事が引用しているのはこの数字です。
ただ、同じ報告書には、賞味期間120日以下の菓子3商品(半生菓子など)について、あるスーパーで店頭の廃棄率が0.775ポイント押し上げられたという結果も載っています。
賞味期間の短い商品では、納品を遅くしたぶんだけ店で売れ残るケースが実際に確認されたわけで、「3分の1は悪、2分の1が正解」と単純に言い切れないことを、実験そのものが示していました。
見直しが飲料と日持ちする菓子から始まり、カップ麺やレトルト食品へと少しずつ広げられてきたのは、このためです。
呼びかけから「努力義務」へ
| 年月 | できごと |
|---|---|
| 1990年代 | ある量販店が採用し、業界に広がったとされる |
| 2012年10月 | 商慣習検討ワーキングチームが発足 |
| 2013年8月〜2014年2月 | 35社による実証実験 |
| 2017年5月9日 | 農林水産省などが卸・小売の業界団体に納品期限の見直しを求める通知 |
| 2025年3月24日 | 食品リサイクル法の判断基準省令を改正、納品期限の緩和が努力義務に |
| 2025年5月12日 | 公正取引委員会が実態調査報告書を公表 |
| 2025年10月30日 | 納品期限を緩和(または予定)している小売事業者が377に |
| 2026年1月 | 下請法が取適法に。農林水産省の取引ガイドラインも改定 |
2025年3月の省令に書かれた一文
2025年3月24日に公布・施行された改正省令には、食品を販売する事業者の取り組みとして、次の一文が加わりました。
「納品期限を緩和すること、発注を早期に行うことその他の取引先の食品関連事業者における食品廃棄物の発生の抑制の円滑な実施に資する措置の実施に努めること」。
文末が「努めること」になっているのがポイントで、これは法律用語でいう努力義務、つまり守らなくても直ちに罰則があるわけではない決まりです。
それでも、食品を売る事業者が取り組むべき基準のなかに「納品期限を緩和すること」がはっきり書き込まれた意味は小さくないと思います。
法律の外で30年続いてきた慣習に対して、国が納品期限の緩和を食品ロス対策として明確に位置づけたことになるからです。
377事業者という数字をどう読むか
農林水産省の公表では、2025年10月時点で納品期限を緩和している、または緩和を予定している食品小売事業者は、前年度から38増えて377にのぼります。
調査を担う流通経済研究所の研究員は「400社も視野に入ってきた」とコメントしていて、流れは確かに変わりつつあるようです。
一方で、この377は全商品を一律に2分の1へ変えた企業の数ではありません。
一部の商品だけで緩めている事業者や、これから実施する予定の事業者も含まれているので、数字だけで「もう解決に近い」と受け取るのは早いでしょう。
私たちの買い方は、このルールとつながっている
奥から取る1本が、納品期限を押し縮めてきた

最後に、消費者の側の話をしておきます。
お店が新しい商品を求める理由をたどっていくと、そのひとつとして、棚の奥から日付の新しい牛乳を引っぱり出す私たちの手に行き着きます。
それ自体は悪いことでも何でもなく、同じ値段なら新しいほうを選ぶのは当たり前の行動ですが、その「当たり前」の積み重ねがお店に在庫への不安を与え、納品期限を短くする圧力の一因になってきたことは、以前から指摘されています。
コンビニで見かける「てまえどり」の表示は、この流れを客の側から少しだけ緩めようという試みです。
すぐ食べるものなら手前から取る、というだけのことですが、3分の1ルールの仕組みを知ったあとだと、あの小さなポップの見え方が少し変わるのではないでしょうか。
手前から取った商品を、家で日付どおりにおいしく食べ切るための工夫は、下記でまとめています。
まとめ 「違反かどうか」より大事なこと

3分の1ルールは法律で定められた納品期限ではなく、「賞味期間の最初の3分の1までに納めなければならない」という法定の義務はどこにもありません。
1990年代に生まれ、やめると自分だけ損をする構造と、一斉に廃止を決められる人がいないという事情に支えられて、30年近く生き延びてきました。
そして2025年、省令が緩和を努力義務として書き込み、公正取引委員会が「一方的な押しつけは独占禁止法上の問題になりうる」と示したことで、ようやく風向きが変わり始めています。
まだ食べられるものがなぜ捨てられるのか、という素朴な疑問の答えは、誰か一人の悪者ではなく、全員が少しずつ合理的に動いた結果でした。
だからこそ変えるのに時間がかかり、だからこそ仕組みを知っている人が一人でも増えることに意味があるのだと思います。
しかく参考にした一次資料・報道
- 公正取引委員会「フードサプライチェーンにおける商慣行に関する実態調査報告書」(2025年5月12日)
- 農林水産省「商慣習検討」ページ(取組事業者数は2025年10月30日公表分)
- 農林水産省「食品製造業者・小売業者間における適正取引推進ガイドライン」(2026年1月改定)
- 環境省・農林水産省「食品循環資源の再生利用等の促進に関する食品関連事業者の判断の基準となるべき事項を定める省令の一部を改正する省令」(2025年3月24日公布・施行)
- 流通経済研究所「納品期限見直しパイロットプロジェクト最終報告資料」(2014年)
- 東洋経済オンライン「賞味期限ルール見直しで、商慣習は変わるか」(2013年5月19日)
- 東京新聞「食品ロスの一因…『3分の1ルール』どうして見直すの?」(2022年11月13日)
※本記事は公表資料にもとづく一般的な解説であり、個別の取引が法令に違反するかどうかを判断するものではありません。取引上の問題でお困りの場合は、公正取引委員会の相談窓口や専門家にご確認ください。
