
スーパーで牛乳を選ぶとき、棚の奥から日付の新しいパックを取り出す人は多いですよね。
ところが、その日付を「誰が、どうやって決めたのか」まで考える機会は、ほとんどないと思います。
国が食品ごとの日数を一覧表にしていて、メーカーはそれを書き写しているだけ、と考えている人も多いかもしれません。
実際には、牛乳は何日、カップめんは何か月といった国の一覧表はありません。
日付を決めているのは、その食品を作ったり輸入したりする事業者なんです。
しかも調べていくと、パッケージの日付のまわりでは「期限の決め方」「期限の書き方」「お店に納品できる期限」という別々のルールが動いていました。
私はこれを、同じ壁にかかった3つの時計のようなものだと感じています。
この記事では、その3つの時計を1つずつ分けて見ていきます。
あわせて、多くの解説記事にいまも書かれている「5日で分ける」という基準が実は2008年に解消されていた話や、製造年月日をやめた背景にあった深夜0時の話まで、消費者庁の資料をもとにたどります。
賞味期限を決めているのは、国ではなく事業者
法律に書いてあるのは「意味」と「書き方」まで

では、国は何も決めていないのかというと、そうではありません。
食品表示法という法律にもとづく「食品表示基準」に、2つの期限の意味と表示のしかたが定められています。
その意味をかみ砕くと、消費期限は「過ぎると安全に食べられなくなるおそれがある日」、賞味期限は「おいしさも含めた品質がしっかり保たれる日」です。
賞味期限のほうには「期限を過ぎても品質が保たれていることがある」という一文まで、わざわざ添えられています。
ただ、この基準のどこを探しても、牛乳なら何日といった具体的な日数は出てきません。
空欄を埋めるのは、その食品をいちばん知っている人
その日数という空欄を埋めるのが、国内の食品なら製造業者・加工業者・販売業者、輸入食品なら輸入業者です。
消費者庁のガイドラインでは、期限表示に責任を持つこうした事業者を「表示責任者」と呼んでいます。
原材料の状態や殺菌の方法、容器の性能、運ぶときの温度まで知っているのは作った本人なので、その人が責任を持って決める、という考え方です。
同じ豆腐でも会社によって日付が違うのは、このしくみがあるからなんです。
国が示しているのは決め方の考え方だけで、それが2005年に厚生労働省と農林水産省が作った「食品期限表示の設定のためのガイドライン」でした。
いまは消費者庁が引き継ぎ、2025年3月に20年ぶりの改正が行われています。
3つの時計
1つめの時計:期限そのものをどう決めるか
機械で測る、菌を数える、人が味わう
このガイドラインが事業者に求めているのは、勘や経験ではなく、数字で説明できる根拠です。
その代表として挙げられているのが、理化学試験・微生物試験・官能検査という3つの方法になります。
理化学試験は機械で測る方法で、酸っぱさの度合いを表すpHや、油がどれだけ酸化して傷んだかを、保存した日数ごとに記録していきます。
微生物試験は菌を数える方法で、食品全体にいる菌の数や、衛生状態の目安になる大腸菌群などの増え方を確かめます。
官能検査は人が実際に見て、においをかぎ、味わって評価するもので、条件をそろえて統計的に整理すれば、立派な根拠として認められるんです。
最新の機械がそろった時代でも、最後は人の舌が頼りにされているところに、私はなんだか安心感を覚えます。

3つ全部をやる必要はない
とはいえ、どの商品でも3つの試験をすべて行う必要はありません。
ガイドラインでは、業界団体のマニュアルを参考に調べる項目を絞ったり、性質のよく似た食品の試験結果を参考にしたりすることも認められています。
新商品が次々に出る食品業界で、毎回すべてを一から試すのは現実的ではないからです。
味の素が公開している三段構え
実際の手順を公開している会社もあり、味の素はその一例です。
開発の初めに条件を変えて保存してみる予備試験、本物の容器に入れた製品を通常と厳しい条件で2か月・4か月と保存する本試験、発売後にお店から買い戻して確かめる確認試験の三段構えになっています。
こうした根拠の資料は保管しておき、消費者から求められたら情報提供に努めることになっています。
安全係数は「念のため」の割引
ただ、試験で「10か月は品質が保てる」と分かっても、その10か月をそのまま表示するとは限りません。
製品ごとの品質のばらつきや季節、運ぶ途中の温度の変化を見込んで、1より小さい数をかけたり日数を差し引いたりして、期限を少し短くすることがあるからです。
この1より小さい数を「安全係数」と呼びます。
以前の消費者庁のQ&Aでは「0.8以上」が目安とされていたので、単純に当てはめれば10か月の食品は8か月表示になる計算でした。
もっとも、安全係数は必ずかけるものではなく、どれだけ短くするかも食品の性質しだいです。
この係数の扱いは、あとで紹介する2025年の改正で大きく変わりました。
2つめの時計:決めた期限をどう書くか
「年月」だけの表示では、日が切り捨てられる
こうして決めた期限を、パッケージにどう書くかにもルールがあります。
製造から賞味期限までが3か月を超える食品は、「2027.3」のように年と月だけで表示してよいことになっているんです。
ただし月だけで書くと「その月の末日まで」という意味になるので、日の部分は切り捨てて前の月を書きます。
消費者庁のQ&Aには、100日もつ食品を4月10日に作った例が載っています。
期限は7月18日になりますが、「7月」と書くと7月31日まで大丈夫だと読めてしまうため、18日を切り捨てて「6月」と表示するよう説明されています。

それでも、わざわざ月だけにする理由
日が切り捨てられるなら損に見えますが、缶詰や飲料の多くが年月表示を選んでいるのには理由があります。
年月日で書いていると、お店にすでに納めた商品より1日でも古い日付のものは納品できなくなり、行き場を失う商品が出てしまいます。
年月表示なら同じ月の商品をひとまとめに扱えるので、納品しやすくなるうえ、倉庫での保管や品出しの手間も減ると消費者庁の資料は説明しています。
缶詰の底にある「2027.3」という素っ気ない数字が、そう聞くと少し賢い工夫に見えてきませんか。
ちなみに、これは期限そのものを短くしたのではなく書き方から生まれる差なので、年月日で表示している食品には起こりません。
また、期限の日付のすぐ後ろに「A63」のような記号が並んでいることもありますが、これはロット番号などの管理用の記号で、期限と読み間違えないように区切って書く決まりがあります。
あの記号からどこまで分かるのかは、下記で読み解いています。
3つめの時計:お店にいつまで納品できるか
「3分の1ルール」は法律ではなく商売の習慣
パッケージの日付とはまったく別のところで動いているのが、3つめの時計です。
食品業界には、製造から賞味期限までの期間のうち、最初の3分の1までに小売店へ納品するという「3分の1ルール」があります。
たとえば賞味期限まで6か月の商品なら、製造から2か月を過ぎるとお店に納めにくくなる、という考え方です。

このルールには法律上の根拠がなく、消費者庁のQ&Aでも商取引上の慣習にすぎないと書かれています。
それでも採用している取引では、まだ期限がたっぷり残った商品が店頭に届く前に行き場を失うため、食品ロスの原因の一つとされてきました。
そのため、いまは納品期限を2分の1まで緩める取組が進んでいます。
法律でもないこのルールが、なぜ30年近くもなくならないのかは下記で詳しくたどっています。
こうして3つの時計を並べると、パッケージの日付は限界そのものではなく、根拠に余裕を足した「約束の日」だと見えてきます。
その外側で、書き方のルールと納品の習慣が、それぞれ別のリズムで動いているというわけです。
「5日で分ける」は、2008年にはもう解消されていた
1995年に生まれた便利な物差し
では、ある食品に消費期限と賞味期限のどちらを付けるかは、何で決まるのでしょうか。
検索上位の解説記事の多くは、「製造日を含めておおむね5日以内に傷むものは消費期限、それより日持ちするものは賞味期限」と説明しています。
この「5日」は、期限表示が始まった1995年に、当時の厚生省と農林水産省が通知した考え方です。
日数だけで分けられる手軽さもあって、現場で広く使われてきました。

解消から17年たっても、約18%に残っていた
ところが改正後のガイドラインを読むと、5日で分ける考え方は期限の定義にもとづいていないとして、2008年に解消されていました。
いまは消費者庁も推奨しておらず、本来の分かれ目は日数ではなく「過ぎたら安全でなくなるおそれがあるかどうか」とされています。
それなのに2025年の実態調査では、定義を考えずに5日で機械的に分けている品目が、まだ約18%も見つかりました。
引退したはずの物差しが17年も現場で使われ続けていたわけで、一度広まった「分かりやすい基準」のしぶとさには、正直うなってしまいます。
この結果を受けて、2025年の改正では経緯を改めて周知することになりました。
2025年の改正で何が変わったのか
「0.8」という固定の目安が消えた
この改正の大きなきっかけは、まだ食べられる食品が捨てられてしまう食品ロスの問題でした。
実態調査では、安全係数を0.8より小さくしている品目が約40%あり、中には缶詰やレトルト食品にまで係数をかけている例がありました。
缶詰やレトルトは、容器ごと高い圧力と温度で殺菌しているため、もともと品質のばらつきが少ない食品です。
そこで改正後のガイドラインでは「0.8以上を目安」という記述を削り、安全係数はできるだけ1に近づけることが望ましいとしました。
さらに、缶詰やレトルトのように安全性が十分に確かめられた食品なら、係数をかけなくてよいと明記されています。
もちろん菌が増えやすい食品には、これまでどおり性質に合った係数が必要です。

「まだ食べられる目安」を聞ける可能性
もう一つの変化は、消費者から求められたとき、正しく保存すればまだ食べられる期限の目安を、できる範囲で伝えるよう努めることが明記された点です。
限界の日を保証するしくみではありませんが、実態調査では、期限切れの食品を活用している事業者のうち約60%が、今後必要に応じて開示できると答えていました。
7℃で管理して期限を2倍にした事業者の例
同じ実態調査には、運ぶ途中も含めて7℃で冷蔵管理し、期限を2倍に延ばした事業者の例も出てきます。
家庭の冷蔵庫は10℃以下が食中毒予防の目安とされていますが、リステリアという菌は、酸っぱさや水分の状態によっては10℃以下でも増えることがあると指摘されています。
あくまで一社の取り組みなので、家の冷蔵庫を7℃にすればどの食品も2倍もつ、という話ではありません。
むしろ、表示どおりの温度で保存してはじめて期限が意味を持つ、という教訓として受け取るのがよさそうです。
家の冷蔵庫を「強」にしても日付が延びない理由は、下記で掘り下げています。
製造年月日をやめた背景と「深夜0時」の現場

そもそも1995年より前の日本では、食品には製造年月日を書くのが基本でした。
それが期限表示に切り替わった理由として、消費者庁は3つを挙げています。
保存技術が進んで製造日を見ただけでは日持ちが分からなくなったこと、製造年月日の表示が返品や廃棄を増やしていたこと、国際的な表示ルールと合わせる必要があったことです。
切り替えは2年の移行期間をへて、1997年4月に完了しました。
このうち2つめの理由の裏には、当時を知る関係者が振り返った現場の事情もあります。
製造日が新しいほど売れるので、日付を気にするお客さんに合わせようと、日持ちの短い食品を夜中の0時から作り始めるような負担が生まれていた、という回顧です。
制度を変えた公式の理由そのものではありません。それでも、「1日でも新しい日付を」という私たちの気持ちが誰かの深夜の作業を生んでいたと思うと、期限表示の見え方が少し変わってきます。
賞味期限を正しく理解している人は約半分

こうした背景があっても、賞味期限の意味はまだ十分に伝わっていません。
消費者庁の意向調査では、賞味期限を正しく説明できた人は令和4年度で51.4%、令和5年度でも約53%にとどまり、消費期限と混同している人も少なくないとみられます。
改めて整理すると、賞味期限は根拠に余裕を足した「おいしさの目安」ですから、開けずに表示どおり保存していれば、過ぎてもすぐに食べられなくなるわけではありません。
とはいえ保存状態や食品の性質でも変わるため、見た目やにおいに異常があれば食べないのが基本です。
一方の消費期限は安全そのものの線なので、過ぎたら食べない、という区別だけは崩さないようにしたいですね。
まとめ
賞味期限と消費期限を決めているのは国ではなく、その食品をいちばん知っている事業者です。
試験や知見で期限を決め、必要に応じて安全係数で余裕を持たせる、これが1つめの時計でした。
年月表示は日を切り捨てるかわりに納品や保管をしやすくする書き方のルール、3分の1ルールは法律ではない納品の習慣で、どちらも期限の決め方とは別に動いています。
そして「5日で分ける」は2008年に解消された古い基準で、2025年の改正では「0.8」の目安も消え、必要以上に短い期限を付けない方向へ変わりました。
次にパッケージの日付を見たときは、その数字の後ろで回っている3つの時計を、ちょっと思い出してもらえたらうれしいです。
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■出典・参考
- 消費者庁「食品期限表示の設定のためのガイドライン」(令和7年3月改正版・Q&A含む)
- 消費者庁「食品期限表示の設定のためのガイドラインの見直し検討会 取りまとめ」(令和7年3月)
- 消費者庁「食品の期限表示制度の変遷等」(令和6年5月・検討会資料4)
- 農林水産省「加工食品の表示に関する共通Q&A(第2集:消費期限又は賞味期限について)」
- 味の素株式会社「賞味期限と消費期限の違いは何?決め方は?」
